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目は口ほどに  作者: とこ
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天使という概念について

無事模様替えを終えて、自分の趣味にぴったりと合う白と黒を基調としたモノトーン調の部屋を見渡し、ほくそ笑んでいればあっという間に夕食の時間になっていた。俺を呼びに来たメアリの声に慌てて顔を引き締め返事をした。




相変わらず筋肉痛の足を引きずりながら食事の間に到着すると、そこには父と母の姿はなく、アルミラが座っているだけだった。


「アルミラが1番乗りか、早いな」


「…いえ、丁度お勉強の切りが良いところだったので早めに参っただけですわ」


ぎこちなくも会話をしてくれるアルミラ。父と母がいるとどうしても気恥ずかしく、改まった謝罪などできなかったため、アルミラとは二人でしっかりと話がしたいと思っていた。今がそのタイミングかもしれない。


「こんな時間まで勉強していたのか…アルミラは偉いな。……それに比べて俺は。」


椅子から立ち上がり、目を合わせるのが気まずくて、ついつい落としてしまっていた視線をアルミラに向ける。


「アルミラ、すまなかった。四年前のあの日も、それからの四年間も」


あの日、ミラージルが鍛錬をサボらなければもっと早くにアルミラを止められていた。そうすれば、アルミラが火傷を負うことは無かっただろう。アルミラの火傷はほんの薄くではあるが、痕が残ってしまっていると聞いた。


そして、俺が引きこもって自堕落に過ごしている間の四年間、アルミラの心は決して平穏ではなかったはずだ。俺は皇太子で、他に男兄弟はいない。そう遠くない未来、これからの国を背負う筈の兄が、勉強も鍛錬もせず部屋に引きこもり、強欲の限りを尽くす姿はどれだけ幼いアルミラの不安を煽っただろうか。しかもその原因は自分が無理をしたことで起きてしまった、魔力暴走にも一因があると感じてしまっていたのなら、その事実はアルミラの心に大きな陰を残してしまっただろう。


ミラージルは知っていた。自分が引きこもってしまったドアの前で、幼いアルミラが泣いていることを。小さな声で懺悔の言葉を口にしていることを。しかし、彼は何もしなかった。それはミラージルが生んだ怠惰とはまた別の罪だった。


「…お兄様、頭をお上げください」


俺が深く頭を下げていると少しの間の後、想像していたよりも穏やかなアルミラの声が降ってきた。

言われるままに頭を上げ、再度アルミラへと視線を送る。


「私、昨日まではお兄様ともう一度こうやって食卓を囲むなどもう二度とできないと思っておりましたの。ましてや、謝罪をいただけるなんて…」


まるで奇跡の様ですわ、とアルミラは何かを考えるように視線を一度食卓へ落とす。俺はその様子を見つめていることしかできない。また少しの間が空いた後、アルミラの視線が俺の視線と交わった。


「この二日間でこんな奇跡を味合わせてくださった、神様に免じて、今回だけは許して差し上げます」


そういって、嬉しそうにはにかんだ彼女の顔を見て、俺の中のミラージルの記憶がフラッシュバックした。事件が起こる数年前、二人がまだ幼い頃、おにーさま、と後ろをついてくるアルミラの姿が。俺は思わず出そうになる涙を奥歯で噛み殺し、再度謝罪の言葉を紡ぐ。


「本当に、本当にすまなかった。…俺はまだまだ見た目もこんなんで、何もかも昨日始めたばかりだけど、きっとアルミラが頼れるような兄になって見せるから。それまで呆れず待っていてくれるだろうか」


俺の言葉に何も言わず、こくり、と頷くアルミラ。肌荒れもまだ治らず、脂肪に埋まっていて、涙を噛み殺しながら笑う俺の顔はきっと相当不細工だろうが、それを見てもアルミラは笑顔を崩すことは無かった。




“ぐすんっ…”


不意に部屋の入口の方向から誰かが鼻をすする声が聞こえた。俺とアルミラは油の刺されていないブリキのロボットのようにぎこちなくその音の下方向に顔を向ける。


「ぐすん…あなた、我が家の天使達が仲直りしているわ…」


「うぅっ…そうだな、私はいつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたんだ」


そこには二人より添いながら涙を流す両親の姿があった。

天使って…アルミラに対してならわかるが、俺はどちらかというと魔物に近いんじゃないだろうか。


「父上…、母上…一体いつからそこに…?」


思わず頬を引き攣らせながら問いかける。


「いや、つい先ほどからだよ」


「ええ、アルミラちゃんの“こんな奇跡を~”辺りからよ」


母の言葉にアルミラの顔がボンと効果音が付きそうなほどに赤く染まった。

確かに、メアリに呼ばれてから来たのに父と母がくるのが遅いなとは薄々思っていたのだ。もしかしたら、気を使って待っていてくれているのかな…なんて思っていたのに、まさか二人揃ってこそこそとこちらの様子を見ているとは…

目の前には相変わらずおいおいと感動の涙を流している両親。視界の端には真っ赤になって小刻みに震えるアルミラ。それはまるで時限爆弾の様で……




「お父様!お母様!ぬ、盗み聞きなんて、酷いですわ!!!」


そう思った数秒後、ついに真っ赤なアルミラ爆弾が爆発したのはまた別の話。

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