俺がやらなきゃ誰がやる
加筆修正いたしましたが、物語に影響はありません。5/22
前世の記憶を思い出した後、ショックで気分が悪くなりすぐに自室に引きこもったが、元々社交性は最悪なので特になにも言われなかった。
でかい尻を椅子に押し込み今の状況を考える。
先ほど目の前にいた男はブロジット・ノワール。ノワール王国の王太子だ。
そしてその隣に座っていたのはノワール国出身者としては珍しいピンク色の髪をした少女…ラブラビのヒロインであり、ルージュリアの義理の妹、アイシャ・クリネスト。
ふわふわとした髪に丸く大きな瞳はピンク色、小さな鼻、唇は薄く桜色で可愛らしかった。
婚約破棄イベントは王太子がノワール王国にある学園を卒業する時のパーティーで行われる。つまりブロジットが18歳のときだ。
ゲーム上ルージュリア、アイシャ、ミラージルが同い年でブロジットが一つ上だったので、今現在の自身が14歳…今年で15歳になる年だということを考えると、約三年後ということになる。
それにしても、ゲームの中ではブロジットがルージュリアに卒業パーティーで婚約破棄を告げた時に初めてミラージルの名前が出てきたというのに、実際はこんな昔からルージュリアとの婚約解消の話が出ていたということに驚いた。
しかも、ミラージルという、自分で言うのもなんだが最大の事故物件との婚約付きで。
ゲーム内での婚約破棄イベントでルージュリアに突きつけられていた罪状は、すべて学園内でアイシャを虐げていたことによるものだったが、学園に通う前から家の中で虐げられていたらしく、先ほどもアイシャは前世の記憶を思い出して唖然と固まっている俺の前でブロジットに「また、昨夜も今朝もお姉さまに虐められて、また食事をとっていないんです」とそのピンクの瞳を潤ませて訴えていた。
今それを俺の前で訴える必要はあるのか、と回らない頭で考えながらまた、を二度繰り返すほど頻繁に食事を抜かれているように見えない血色の良いアイシャの方を見れば俺の視線に気が付いたのか少し嫌そうな顔をしていた気がする。
ゲームの中では純真無垢で誰にでも分け隔てなく接するイメージだったので、やはりゲームと現実では違うな…と感じたのを思い出した。
俺の知るルージュリアは、ゲームのルージュリアでしかない。
確かにゲームの中のルージュリアは、義妹であるヒロインに対する卑劣な行動も確かにありはしたが、大半は小言や小さな嫌がらせだ。
こんな醜い俺(事故物件)に嫁がされるほど酷い人間だとは思わなかった。
そもそも先にルージュリアを裏切ったのはブロジットなのだ。情状酌量の余地があってもいいと思う。
どうにかしてルージュリアを助けることはできないのだろうか。
そこで思い出した。前世で死ぬ前ずっと考えていたことを。
“ルージュリアにハッピーエンドを”
しかし先ほど俺はルージュリアと婚姻を結ぶ旨の書類に皇族として印を押してしまっている。そしてこの世界がラブラビの世界なのだとしたらヒロインであるアイシャがどのルートを選んだとしても悪役令嬢のルージュリアはブロジットに婚約破棄され臭くて醜くて不潔で性格の悪いミラージルと結婚しなければならない。
完全に詰んだ。皇族としての印をそうやすやすと覆すことはできないし、せめて俺が攻略対象に転生していればアイシャではなく、ルージュリアを選んで幸せにすることができるのに。
俺の転生先はミラージルだからルージュリアを幸せにすることができない。
だって俺は、ミラージルは臭くて醜くて不潔で性格の悪い………。
いや待て、…そう、俺はミラージルなのだ。それ以外になれないのなら、俺のまま、ルージュリアを幸せにできる男になればよいのではないか。
幸い、断罪イベントには三年ある。
三年の間にどれだけ自分を変えることができるかはわからないし、攻略対象の様なキラキラ高スペックイケメンフェイスにはなれないかもしれないが、やれることはやってみよう。
今の自分にできること。まず対処するのは……臭いだ。
この世界には魔法がある。その中でも国によって魔法の発展度合いに違いがあり、ここフォードリア帝国は世界一魔法の発展が盛んな国だ。
そんな帝国で頂点に立つ皇族は当然のように魔力が高く、ミラージルも例にもれず膨大な魔力を持つ。それ故、ゲームの中ではこんな愚かな男が上に立っていられたし、国政に関しては詳しいことは分からないが、少なくともルージュリアが存命の間は謀反が起こされたなどの描写は無かったため大方、宰相などに丸投げしていたのではないだろうか。
魔法には水、火、風、土、光、闇の属性があり、基本は一人一属性だがフォードリア帝国の皇帝のみが光以外の全属性を使うことが許される。それは元々フォードリア帝国の皇族は生まれた時から光と闇以外の全属性に適合があり、それに加えて即位の儀式の際に闇属性の魔法を神から授かることができるからだという。
ちなみに、無属性魔法というものもある。これは多少の汚れを落とせる洗浄魔法や小さな明かりを5分間灯す点灯魔法がこれに当たり、生活魔法とも呼ばれている。
なんの属性にも適性がない者は無属性魔法しか使えない。
しかし、魔法を使うにあたって一番大事なのは保有している魔力量だ。魔力が全く無いものはいないが、この国の平民は基本、無属性魔法を一日に数回使えば枯渇してしまう程度である。全体的に魔力保有量の多いこの国でこの程度なら、他国の平民はもっと少ないだろう。
もちろん俺は皇族らしく、水、火、風、土の魔法が使えるし、魔力も豊富だ。今まさに浸かっているこの湯船の湯も水と火の属性魔法で入れたものだ。
普通、体をきれいにするだけなら無属性の洗浄魔法で十分なのだが、長年積もった垢などの汚れと、元日本人の性質上やはり湯船に浸かりたくなり風呂を沸かした。
何度か洗浄魔法をかけて入った筈なのに、垢がすごい。シャンプーも全く泡が立たないし湯船の湯には垢が浮かび濁ってしまったため、一度頭を流し再度シャンプーをして湯船の湯も入れ替える。
実は風呂に入る前にぼさぼさの髪をとかす作業も一苦労だったのだが、いざ入浴となるとその大変さはレベルが違った。
洗って、流して水を入れ替える工程を何度か繰り返した後にやっとシャンプーが泡立つようになり、湯船の湯も汚れることはなくなった。
今までサボっていただけに風呂に入るだけでも一苦労だ、と風属性魔法で髪を乾かしながら独り言ちる。
風呂に入っている間についでに歯磨きもした。肌の保湿をしながら鏡に向かって口をいの口に開けばまだたばこを吸っていない歯は何とか挽回できそうだ。
それにしても垢が落ちた体は元の肌より2トーン程色が白くなったし、長い髪の毛も未だゴワゴワと少し硬いが洗う前より随分軽くなった。清潔って大事だな。
お読みいただきありがとうございます。