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憶測

 内角ボールゾーンのストレートで見せ球、遊び球と思いきや、手元で曲ってストライクゾーンに入るスライダーにあわててバットを出す白縞は溜めなど作る暇がないために、1,2,3のタイミングで振り出す “”の“” なし打法を偶然にも強い意識なく初披露に至る。


 しかも振り出した瞬間にネット裏で張り付く母親が白縞に向かって「まどーーー!」と叫ぶのだから、スイングの軌道は狂うことになる。

 “まど” とは「ひびこれ愉快」で白縞をモデルにする長男キャラクターの黒島まどが由来で、母親は白縞のことを名前で呼ばず、普段から “まど” と呼んでいるのだ。

 白縞三択の三択は消えたままの父親がつけた名前で、父親を(当然!?)許すことができない母親はどうやら気安く三択と呼びたくないようだ。  

 折衷案として本人がモデルで自分が名付けたキャラクターの名前で白縞を呼んでいるのが、スタンドのファンは当然ざわめくことになる。


 騒ぎっぷりや年齢や白縞が地元出身であることを考えみると、どうみてもあの二人組は白縞の母親と妹。どことなく顔も似ているし、目元など瓜二つレベルでそっくりだ。

 さらに母親はどういうわけか、ちょい懐かしいアニメのTシャツを着ている。そのアニメに “まど” というキャラクターが出てくるのはそれなりに知られている。


 以上の要素から周囲のファンがまず推測できるのは、母親が「ひびこれ愉快」がお気に入りで、作品の登場人物に似る白縞をその名前で呼んでいる単なる大ファン説……。


 白縞はフロントドアのスライダーをなんとかバットに当てはしたが、突然母親に “まど” 呼ばわりされたことでスイングが狂い、波打つバットは芯からボールを外し、ボテボテなゴロを世に解き放つ。


 バットの下っ面にひっかけたボテボテのゴロは、三遊間に意外と速い球足で転がっていく。追浜練習場の芝生は外野に向かって順目でボールがよく転がりやすい。


「うわ、ゴロだ。でも飛んだコースはいいぞ!」


 三塁手が打球をなんとか止めようと必死になって飛びつくが、もともとホームで三塁走者を殺す前進守備の体型をとっていたことに加えて、バント野球で知られる白縞のスクイズバントも頭にあった三塁手はさらに前に出されてたがために(前に出るほどゴロに対する守備範囲は狭くなるリスクが伴う)、三遊間をたやすく破られてしまう。それでも遊撃手がいる。


 産業石油の遊撃手は、この試合好プレーを連発するプロでも守備だけならレギュラークラスと称される動きのいい選手だが、乱闘で張り切りすぎたがために足の運びがいつもよりよりやや遅い。横っ飛びでグラブを差し出すが、打球はその先をかすめただけで外野に抜けていく。

 三塁走者川島は楽々ホームインで同点。さらに二塁走者市島も生還すれば一挙に逆転で、白縞は2点タイムリーヒットを放った大ヒーローとなる。


 三塁走者市島の足なら浅い当たりでも還ってこれるが、市島も乱闘の影響で足首を痛めるダメージを食らっていた。

 三塁コーチャー染谷は市島の足の状態など知らない。相手の左翼手の肩の弱さと市島の本来のスピードだけで判断し、ぐるぐると大きく手を回し、市島もホームに突っ込ませる。


「いけええええ、いっちー(市島)!!!」 

      

 すでに一塁に到達し横目でクロスプレーの行く末を見守る白縞は市島に檄を飛ばす……。市島は足に激痛が走るが、親友のため、何よりも自分のために歯を食いしばって全力疾走を心がける。



 白縞母子の動きをそばで見守るファンが推測できる白縞母子の正体の第2は、そのものズバリ結論にたどり着いてしまう。


 あの母親、もしかして……「ひびこれ愉快」の作者本人ではないかと……。

 ひびこれ愉快はごく普通の4人家族の何気ない日常を切り取ったほのぼのギャグ4コマ漫画。コミックスのおまけページには作者本人 “ふじいなげ”、つまりは白縞母の近況報告もところどころ掲載されてあり、白縞一家はあくまでも匿名ながらプライベートの端々を数百万以上いる読者に公開していたことになる。


 やれ長男が野球を始めただの、やれ作者本人は服装に無頓着でもらい物や着古した服でたいてい済ましているだの、やれ冬場でも薄着で十分だの、それら公開情報は目の前の “”恐らく“” 白縞母子とことごとく一致している。

 極めつけは最近、実の息子を登場人物の名前でどうしても呼んでしまうという近況だ。

 ここまで当てはまるなら目の前の白縞母は、もしかして “ふじいなげ” 本人ではないかというトンデモ推測も真実味を帯びてきくる。

 母がふじいなげならば、自動的に白縞三択は黒島まどという方程式が成立してしまう……。



 市島は三塁ベースを蹴って本塁に向かうスピードはさすが足だけでプロの門をこじ開けた一芸プレイヤーだけはある。

 左翼手から懸命な返球が返ってくる。ボールの勢いはないがそれでもカットマンは挟まない、ダイレクト送球。肩は弱いながら送球コントロールは正確で捕球から返球のスピードもコンパクトで素早い。

 ホームはクロスプレー、市島の手か足は捕手のタッチより早くホームベースを触れることができるのか!?


 目の前で繰り広げられるクロスプレーより白縞母子の正体探しに躍起になっているのは、最近、ケーブル放送の再放送をたまたまみてハマったのを契機に10年遅れで「ひびこれ愉快」のファンとなった28歳無職でニートでそれでも意外とアクティブな女の子? 中尾荘子だった。荘子はプレーに夢中な白縞母子に構わず話しかける。


「あのおー、人違いかもしれませんが……もしかして、白縞選手のお母様でないでしょうか……?」


 まずは無難に実の母子である事を荘子は固めにかかる。母は観戦中邪魔されて少しムッとしたが、息子の評判をむげに落とさないために務めて平静を装おっている。


「ええ、そうですが……」


 クロスプレーは産業石油の出来得る限り最善の守備より、市島のスピードと足の痛みに打ち勝った精神力が上回る。

 タイムリーヒットで逆転、白縞には練習試合とはいえプロ入り初打点がついた。


「やっぱりそうでしたか……」


 荘子は次に視線を白縞母のTシャツに落とす。そのTシャツhは、どこからしらヨレヨレで10年もの、つまりはちょっとした「ひびこれ愉快」ブームの時から愛用しているようにしか見えない年輪を感じる。

 ファンならばもっといい状態のTシャツを買い足すだろう。実際、荘子はネット通販で「ひびこれ愉快」グッズのそれも新品で何点か購入している。「ひびこれ愉快」人気は再放送がcsなどで繰り返されることもあってほそぼそであるがかなり根強いようだ


「単刀直入にお聞きしますが、お母様、ふじいなげさんですよね?」

 

 白縞母が人気漫画家ふじいなげであることを知るのは、白縞母と息子と妹と連載する雑誌の編集担当と少ない漫画家仲間だけ。親戚や母の両親や近所の人や蒸発した父親さえ知らない、ここまで守り通した秘密。母はおいそれと口を割らないはずだ。しらばっくれるはずだが……。

 

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