9犠打目
勝利後のマスコミ代表取材は監督の川相と鮮烈デビューを飾った平野が呼ばれ、通路で記者に囲まれインタビューを受けている。それを横目に用具を引きづりながら引き返す白縞は実に羨ましそう。
「あれ僕は? ホームラン打って画期的な作戦を実行し抑え役も勤めたのに……」
不満げな白縞に島中がズバリ。
「平野はデビューで5安打だろ、そりゃあいつがヒーローに決まってる。キャプテンなんかプレッシャーない場面で放り込んだだけだろ。しかしまあ、よくうちみたいな県立高校にあいつ来てくれたな、運動能力野球センスとも抜群だ。162cmのチビでなかったら他所に持ってかれてたろう」
「平野を誘ったのも僕だし……やっぱ僕がヒーローでいいんじゃないのかな……」
ヒーローインタビューに未練たらたらな白縞を残し他のナインはとっとと球場をあとにしている。
翌日の地元新聞はそれなりスペースを割いて津浜高校の初戦突破を報じた。
ただ執拗なバント作戦に言及した分量は少なく、記事の焦点はほぼ鮮烈なデビューを飾った平野と復活の大久保に絞られていた。
中数日を開けて二回戦はまだ弱小同士の潰し合いだ。試合前日の練習、川相と白縞はもう勝った気でいる。
「ここなら勝てるなあ」
「楽勝ですね、監督……」
「って初戦でも同じ発言して大量失点したな」
「去年も二回戦で同じ発言して負けてます」
「まあ今年は戦力が去年よりあるし、奇策も使えるし、2回戦は投手温存で行きたいな」
「河野も僕も使わないということですか?」
「いやお前は別に温存とか……できるだけ使いたいっていうか……まあ河野はもっと上で使いたいし大久保も肘痛で無理はできないし」
「あとは島中だけっすよ」
「島中だと1イニングが限度だろ。投手が足りないなあ」
「となると近藤で行きますか?」
「いつまでも秘密のベールで隠してるわけにはいかないからな」
「なら近藤に伝えておきますよ……投げる準備をしとけって」
ブルペンなど高嶺の花の津浜野球部には、マウンドはグラウンドにしかない。
全体練習が終わったあとに投手陣と捕手弓岡だけが残り各々、調整する。
河野、大久保、島中、白縞、そして近藤が全投手。
河野は初戦の疲労を考慮してノースローでストレッチをしている。大久保は肘の状態を確かめるために軽く数球投げるだけ。
大久保を横で見守る白縞、島中はそもそも投手が専門職でなく、もっともらしい調整法などもとより持ち合わせていないので投球練習を適当そのものだ。
そして肝心の近藤は、いまだ監督やナインの前で一度も投げていない。
「近藤、お前の実力すら知らないままだけど、2回戦頭で行ってもらうよ」
「キャプテン……お言葉ですが……菊名コーチにまだ投げるなと言われてるんです。3年計画で焦ることはないと」
「3年……いや僕にはこの夏しかないし、投げてもらわないと困るんだよ? 投手が足りないんだ。なあ島中?」
「オレにふるな、3年の長期計画で考えるほど近藤には素質あるって菊名ってコーチは踏んだんだろ……それを邪魔する権利はお前にはないぞ……」
「だからといってもな……バントで甲子園を狙えるのは今夏最後なんだよ、ここに賭けるべきなんだよ」
「いや平野河野近藤がさらにスケールアップするだろう来年以降のがまだ確率高い。バント攻撃もさらに精密度が増してるだろう(お前もいなくなるし)」
「そこに僕はいるか!? 僕がいなければ意味はない! 僕は出たいんだ! 甲子園に」
「一番大事なのは結局自分かよ……」
「そりゃそうだ、お前もそうだろ!!」
「……」
「近藤投げろ! 監督キャプテン命令だ! というか嫌でもラインアップに書き込む!!」
「そこまで言うなら……菊名コーチも今夏1度くらい実戦で投げるオレが見たいっておっしゃってたし……」
近藤は大久保が投げ終わり空いたマウンドに立ち尽くす。春先、ひ弱すぎた近藤の体格は、3ヶ月たった今でも見たところたいした差はない。だが、秘密練習がそうさせたのか春先にはまるでなかった何かしらの自信には溢れている。
近藤がセットポジションのまま足をあげる。白縞はつばを飲み込む。
「振りかぶらないし、ノーワインドアップでもない……」
腕の振りは!? 横より下!
「サイドスロー? アンダースロー?」
肝心のボールの勢いは?
「えええ……」
「白縞、お前よりマシ程度だな、これが甲子園行き最後の秘密兵器か……」