8犠打目
「大久保と白縞がいるから、オレは学生監督なるめんどくさいものに手を染めたんだ」
川相は津浜高校野球部始まって以来のスラッガーでドラフト候補として新聞に名前が上がったこともある逸材(AからDの4段階のD評価だったが)だった。
大学からの誘いも20を越えて、選んだ先が六大学野球の名門校だった。
しかし進学先でのあまりの層の厚さに絶望した川相は母校に度々来ては怖い先輩として後輩たちに厳しいノックを浴びせて、試合に出れないうさを晴らしていた。
そのとき発見してしまったのが、白縞と大久保だった。
白縞は自分以来のスラッガー、大久保は我が母校始まって以来の投手……この二人がいれば奇跡を起こせるかもしれないと、川相は前監督の他校転任に伴い実質空いてた(その間は野球経験ぼない先生が名前だけの監督)監督の座に立候補する。
「それが去年の夏前。そして夏大会で大久保もオレが無理使いし潰し、白縞は小手先の技術に走って伸び悩む。勝負の年のはずだった今年も1回戦勝てば善戦の評価。大久保……復活してくれよ、お前ならプロは無理としても大学社会人で上を目指せるんだからな」
大久保は球速こそ平凡だが、制球は抜群の技巧派タイプ。ストレートでもカーブでも簡単にストライクを取れる投球は弱小レベルをはるかに越えている。
肘痛からの復活のその初球……。
「外角ギリギリに決めやがった……お前すげえよ、大久保……」
大久保はテンポよくストライク中心の攻め、しかも低目を攻めるために打球はゴロにしかならない。ゴロになれば暗黒の外野まで飛ばない。練習が積めた安全圏の内野で勝負できる。サード白縞の見事なハンドリングもあって、大ピンチの6回をなんとか0で切り抜ける。
「よし、この調子なら大久保で最後までいけるいける……夢の甲子園……ふふふ」
川相は去年の悪夢と反省を忘れて、また自分のことしか考えてないモードに陥る。
「監督〜大久保はこの回までですよー。肘痛完治してないっすしー」
ベンチに戻ってきた白縞に声をかけられて川相はふと我にかえる。
「は……そうだな……大久保をまた潰すところだった……ならその前にコールドゲームの点差まで持っていってくれ、お前と島中で残り3イニング凌ぐのは無理だろ」
「よっし! ならこの回でコールドゲーム安全圏まで点を取ります!」
「バントでか!?」
「相手投手がボロボロだから普通に打っていけますよ」
「だな」
白縞は有言実行主義者。言葉でそう発すれば実現できる妙なパワーでもあるのか、津浜は得点を重ね、コールドゲーム圏内プラス4の大量得点をもって7回裏に入る。
川相に促された伝令は主審に投手交代を告げる。
「ピッチャー島中!」
いつもは一塁を守る島中は部内唯一無二の左腕投手だが、コントロールが皆皆無。
それでも独特な大きなカーブはボールゾーンでも振らせる切れ味がある。
ツーアウトとって2失点で走者二人を残す、島中にしては及第点の投球をみせると、いよいよクローザー白縞の出番である。
「島中、よくやったあとは任せろ」
「なんか信頼度抜群の大魔神見てえな物言いだな、白縞」
残りワンナウトを2失点以内に抑えればコールドゲーム、相手打者は7番とシュチエーション自体は楽勝だが。白縞は島中と違いコントロールはいいが、球威も球速も決め球もない。
真ん中に中学生レベルのストレートを投げて、打ち損じをしてもらうしかない。
7番打者にはセンター前に打たれて走者二人が生還する。これでコールドゲームギリギリの点差。もう1点失えば次のイニングが発生する瀬戸際に追い込まれる。
8番打者にはまたど真ん中のストレート、思い切り叩かれまたもやセンター返し。
打たせて取るというより打たれて取ってもらうが投手白縞の本領。
二塁手の今宮が反応よく打球を捕まえて、そのまま二塁ベースに駆け込む。
一塁走者をフォースアウトにして遂に試合終了。
「やった!! とりあえず勝った」
川相は大きくガッツポーズし全身で喜びを表すが、
「初戦からしてこんな試合で本当に甲子園いけるの??? 23対16とか弱小同士の典型的泥仕合じゃん……」