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44/90

44犠打目

 矢坂は今日2回めの登板ながら速球の勢いは衰えるどころか増してさえいる。

 白縞に対しての初球は真ん中高めに唸りを上げるストレート、球速表示は158キロと自己最速を記録する。

「……打つの? これを……むりじゃん……」

 白縞はあまりの速さにバットを振ることさえ忘れて立ち尽くしている。

 

「思えば父親が名付けてくれた僕の名前三択にはきっちりとした由来がある……。人生とはいついかなる時も3つの選択肢がある……そのどれかを選ぶかが人生だって。

 大まかにいえば、1逃げる、2立ち向かう、3現状維持……だそうだ……親父はいついかなる時も立ち向かえとはいわない……逃げたり現状維持の選択肢も時には必要だってよくいってたな……そういう親父は逃げて立ち向かって僕ら母子の前から消えていったが……今この瞬間に3つの選択肢があるとしたら?

1逃げるは打つのを諦めるか……2の立ち向かうはフルスイング……3の現状維持は……うーん、バントか? 親父の教えはなんか苦しいような……」

 すでにこの打席で終戦を感じたか白縞は自らの名前の由来に思いを馳せている。


「打つのを諦らめるって選択肢もあるにはある……満塁だ……矢坂はコントロールだけはアバウトだ……突然制球が悪くなることがままにある……ならば立っているだけも確率高いかもしれないな」


 矢坂の2球目は力んだのか高目に浮く。これでカウントは1−1の平行カウントだ。


「逃げるも時には勝ちになるか……親父が逃げたのはこっちにとっては負けただけね……母子だけで苦労したんだから……。親父の勝ち負けは知らんけどさ……。吉田のリードの癖だと同じボールは3つ続けない……となると次はスライダー……1打席目は読み切ってスライダーを二塁打にしたが……」

 この場面吉田は安易なサインを出さない。3球目もストレート、矢坂の球威を信じたのか。白縞はこの打席、初めて立ち向かったが、結果はフルスイングも虚しく完全なる振り遅れ。


「逃げてもダメ……立ち向かってもダメ……残る選択肢は現状維持? おいおい親父……三択の選択肢に正解がない場合はどうなるんだ?? 全部不正解なら……」

 追い込まれた白縞はストライク気味のボールはとにかく当てるしかない。

 4球目は外に逃げる速いスライダー、やや甘めで見逃したらストライクを取られる可能性がある。

「現状維持」 

 と叫びながら白縞はなんとかバットに当ててファウルで逃げる。

「現状維持……確かに現状維持だ……1ボール2ストライクのまま……これで三択は消化したか……たく親父の人生訓を息子の名前に押し付けて出た結果はこれかよ……。特に結果は出ない……親父の人生かよ……いや親父の人生はもう結果は出てるか……妻と息子に呆れられる人生として……」


 5球目、もう白縞は迷わない。連続に投げられたスライダーに奇跡的に体は反応し、頼りない打球がショートに転がっていく。 


 ショートは大石、平野が入学していれば控えだった可能性もあった男。

 肩は強いが動きはいまいち。取れば守りやすい満塁の場面、それでスリーアウト同然だったが、打球は大石のグラブの先を弾く。

 ボールはレフト前に転がっていく。その瞬間すでに三塁走者河野がホームベースを踏んでいた。これで2−1と津浜奇跡の勝ち越しだ。


「親父が打たせてくれた!? いや全然関係ない……関係ないない」


 白縞は喜びを爆発させる津浜ナインをよそに一人不思議な顔をしている。

 


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