42犠打目
「お前が投げたあと消えるんだよ、場所はどこでもいいが右投手で体が一塁側に流れるからそっちに流れるように消えろ。消えたら今宮はお前の方向にバントしてくるだろ? そこでオレの出番だ。マウンドに上がった飛球を予め前に来ていたオレが得意な大ジャンプで直接捕球だ。飛び出ていた二塁走者は二塁にかえれずでダブルプレーだ」
「荒唐無稽すぎるが身軽なお前なら可能かもしれないな」
「練習したから心配するな……成功率98%まで持っていった」
「検討しておくよ……」
「オレはいつでも飛び出る準備してるからな……」
マウンドの輪は解けてそれぞれの守備位置に戻っていく。
セカンド上田はショート大石に指示をする。
「お前は二塁走者をケアしとけ」
「セカンドベースカバーはどうするんだ?」
「それなら超前進守備を取るセンター石崎が入るから」
「つうかその前にあの小泉が言うこと聞くか?」
「あいつはわがままだ。自分がやりたいことをやる男だ。つまりこの作戦があいつがやりたいプレーならやってくれるってことだ」
「都合いいな〜 なんか向こうのキャプテンみたいだな〜お前は」
はたして小泉はキャプテン上田が授けた作戦を実行に移すのか? 上田は作戦に備えてジリジリマウンドに近づいている。
そして今宮への初球、小泉は指示通り、投げたあとマウンドから消える。投げた勢いを利用して一塁側に流れていく。
それをみた今宮は迷いなくマウンドに向かってバントの小飛球を飛ばす。懸命な判断だ、誰もいないのだから。
「やった! なんだか知らんが小泉が勝手にコケた〜」
津浜ナインが勘違いするもむりはない。だがその直後彼らは信じられない光景を目撃する。
狙い通りジリジリとマウンドに近づいていた上田が猛烈スピードからジャンピングキャッチでボールを地面落下寸前でもぎとる。
二塁走者河野はまさかとたじろぎ一瞬戻るのが遅れてしまう。
このまま二塁へ送球すればダブルプレーだが、上田はなかなか立ち上がれない。
「思い切り胸打ってもうた……」
これだけのプレーしてアウト一つは割に合わないがとにかくツーアウトまでこぎつけた。
小泉はいつもどおり目も合わせず、上田に「ようとったな、キャプ」と柄にもなく礼を言う。
「それよかよく従ったなお前とあろうものが」
「いいと思ったことをやるんだよ、オレは」
上田のスーパープレーに津浜ベンチも唖然とするしかない。
「あの上田って奴やるな……あいつもキャプテンだよな、白縞」
「ですよ、監督……」
「最近のキャプテンってやつは策士が多いのかな」
「いやうちくらいでしょ……」
「だよな……ここまで変なのは」
「それはそうと平野はそれでもバントっすか?」
「それしかないだろ……なにせ平野は今日はてんでダメ」
「何か……平野だけ相手がより研究してる気がしてならないっすよね……他の打者にはアバウトな攻めなんですが」
「スーパー一年生だからか?」
「……去年平野をスカウトしに行った時にあいつ言ってたんですよ……1校から話があってそれ待ちって……それが星港だったかも……うちの中学星港と車で30分だから結構スカウトが見に来るんです。実際星港に進学してレギュラーで甲子園にいった先輩もいるらしいっすから……平野はセンスの塊ですからスカウト網にかかってもおかしくない」
「それで平野は断ったのか……断ったから意趣返しに執拗な攻めをされてるとも?」
「かもしれないですねえ……平野はああ見えて人懐っこい……ナインと和気あいあいとやるのが好き……ギスギスした星港の雰囲気に嫌気が差して……ウチを選んだかも……あるいは層が厚くて162cmの自分はとても出れないと思ったのかも」
「どっちにしろ……星港には逃げられた恨みがあるってことかい」
「全部想像ですけどね」
白縞の洞察力はどこまでも鋭い。セカンド上田が守りながらその経緯を回想している。
「去年の春頃、うちのスカウトが来年のショート決まったぞと大喜びしてた……ちびだけどセンス抜群ですぐに使えるやつがいたと……それが今打席にいる平野だ……しかし平野はウチを蹴りやがった。理由は知らんが弱小公立校を選ぶような精神力の奴はどうせウチじゃ無理だから別にいいけどな……確かにセンスはあるがパワー不足でうちでレギュラーなんて夢のまた夢……そんで今あいつはウチに逆らった恐怖を感じてるんだろ……監督言ってたもん……。平野だけは絶対に塁に出さないと」
確かに平野に対する攻めは際立ってしつこく陰湿だ。
インコースぎりぎりのところをついたと思いきや平野が苦手な外低めに変化球を集める。平野はこの攻めにフルスイングどころかバントすらできない。
バント野球でここまで勝ち抜けた最大の功労者が封じられたら津浜に勝ち目はない。




