32犠打目
先発は矢坂と近藤でプレーボール。スタンドは平日昼間に関わらず3万人近い大観衆が押し寄せている。気温34度、快晴。
先行は津浜、白縞いわく一点をどうもぎ取るかが最大の焦点だが、矢坂のスピードとスライダーに先頭打者今宮は何もすることもできない。高めのストレートにバントもフライを打ち上げてスライダーにはかすりもしない。
2番平野も同様、バントを諦めミート中心に選球する戦法を取ったが、4球連続150キロ台に手も足も出ない。
3番島中は白縞の指示で動きの鈍い一塁手を狙ったバントをするが、矢坂が黒豹のごとくマウンドを降りて一塁よりの打球も処理、評判以上の迅速な処理を見せる。
バントも通じない球威とフィールディングに津浜ナインは絶望するが、近藤の投球が甲子園上位進出常連に通用するならまだ望みは残る。
「菊名コーチにどこまでギアを上げるべきか聞いたらプロの3軍を抑え込む感じだって……本性はまだ見せるな……か……本気ならプロ一軍相手でも通用するのにな」
近藤はまた例によって前の登板に見せなかった投球パターンを見せつける。
90キロ台のスローカーブだ。横浜星港は打ちたがり打者が多いとの情報を元にたった一日で編み出した新球。急造変化球だけに腕の振りは明らかに緩むがそれでも相手は幻惑させられる。
このカーブにスライダーとストレートを混ぜれば相手は太刀打ちできない。
裏もゼロ、なんとか行けるかもとのムードが津浜ナインにも出てくる。
2回表は4番白縞からの攻撃だ。
白縞が打席にたつと一塁手から「バントできないやつ」二塁手は「バント下手」三塁手は「こいつだっけバント野球唯一無二の穴」遊撃手「ずっとバント練習してできないって笑わすな」左翼手は「バント野球発案者だけに引っ込みつかないんだろうな」
中堅手「クズ」右翼手「ゴミ」捕手は「安パイ」と白縞をぶった切り、そして矢坂だけはまっ白縞が何ものなのかも知らないだろう、思うところがない。
ここまで馬鹿にされているとは知らず白縞は思い切りのいいフルスイングを見せる。ストレートに完全に振り遅れていたものの、そのスイングスピードは捕手の吉田をハッとさせるだけのキレ味はあった。
「当たれば飛びそう……でも当たらないだろうけど……」
2球目もストレート、まるで初球の動画をリピートしてるように同じ振り遅れ。
白縞は1点をどうもぎ取るか思案した結果、出合い頭の奇跡の一発しかないと観念したのだろうか、そのスイングはレフトスタンドしか目指していない。
「曲げて終わり」
吉田を信用しきっている矢坂は吉田のサインに首を振ったことすらない。とはいえ気に食わないときは吉田に無断で違うボールを投げるのだが。
外に逃げるキレ味鋭いスライダー、右打者が一番空振りするコースと球種だ。
やたらに振り回すだけの白縞がこのボールを当てられるわけがないために妥当すぎる判断だが、白縞は一転スイングを変える。
「吉田の配球は去年の甲子園で嫌というほどみた。自分らが有利な状況ほど同じボールを3つ続けない!! ストレートストレートと来たら次はスライダーは読めていた」
バットを短く持ちスライダーの逃げる球筋に合わせていく。キレ味抜群のスライダーだが白縞の狙い通りドンピシャでおまけにコースは決め球としては甘い。
打球は右方向をライナー性で襲う。一塁手は鈍重な追田でジャンプしても距離は伸びず頭の上を超えていく。
2回戦でホームランを記録して以来の白縞の会心の一撃だ、しかも投手は大投手矢坂、白縞はやればできるのか?
ボールはライト前に落ちてファウルグラウンドに転がっていく、ライトの西条は必死に追いかける。白縞は鈍足で西条は強肩。一塁ストップが最善の策だが、間髪入れず白縞は一塁ベースを蹴る。
「西条は強肩だがモーションが大きくコントロールにやや難がある!」
必死になって足をばたつかせるが悲しいが白縞は思ったように前に進んでいかない。
誰もが暴走で二塁アウトを想起したが、白縞のデータ分析能力の方が優れていた。
二塁ベースにヘッドスライディングをすると西条からの返球は高めに逸れる。ベースカバーのショートの体が伸びてタッチが遅れたために白縞はぎりぎりセーフを勝ち取る。
「やった! これは大きい! 無死二塁なら送りバントとスクイズで虎の子の一点を奪える可能性が出てくる! これが一塁ならそうはいかない!!」
白縞は何度もガッツポーズ。有言実行ながら本人は特別ここまで何もしてない白縞の好打好走塁に津浜ベンチは大会一番の盛り上がりを見せる。




