3犠打目
「なんだこりゃ……何がどうして……」
新校舎建設工事に伴い極端に手狭になったグラウンドを目の前にして立ち尽くすのは、津浜高校野球部監督、川相謙である。川相は現役大学生のいわゆる学生監督。忙しい部活動と学業の間をぬって週一、二回のみ指導するために、この衝撃的な事実を一人知らずにいた。
しかもナインがその限られたスペースでひたすらバント練習を続けている異常事態に驚きを二重にする。
「そりゃこのスペースだとバントでもするっきゃないけどな……」
「あ、監督……」
「白縞……これお前の方針か」
「はい!」
「週に1、2度しか練習見れないオレに代わり、いない間はお前に方針一任するって決めたのはオレだけど……バント以外の練習はどうしてるんだ!?」
「ご覧の通り守備練習も兼ねてます。投手も投球しますし」
「打撃や走塁は? 外野や二遊間の守備練は?」
「してません、スペースないですし。あ、当然投手は走り込みをやらせ、一部野手陣は電車でバッティングセンター通わせてます。遠いから限度ありますが」
「おいおいそれで勝てるのか……去年の夏は1勝だろ? 今年は最低3つ勝つって意気込んでたろ」
「3つ? いや甲子園行きますよ」
「はああ!? バントでか!?」
「バントを極めている学校なんてどこもないでしょうし、対策もない。極めれば最低でも甲子園にはいけますよ」
「本気かよ……まあお前なら本気だろうな……確かにバント一辺倒野球は穴だ。高校野球のレベルを考えるとあたふたして対応できない……しかもトーナメントは一発勝負……」
「バントで甲子園……導いた監督はマスコミで大体的にちやほやされますよ」
「あ、就職に有利になる……」
「しかも女の子にモテモテ……」
「うーん、正攻法でやってもどうせたいして勝てないんだがら、1%の奇跡にでも賭けたほうがいいか……よし、それならいいツテがあるぞ……」
「ツテ……ですか!?」
「ああ、オレの大学野球部同期でかの有名選手の息子がいてな……その親父ってのがなんと送りバントの世界一保持者である木田昌大なんだよ。木田さんは今はフリーの評論家で講演、解説、取材とそれなりに仕事をしているが、月の半分は家で暇してるらしい。同居の二世が親父が家にいて口うるさくうぜえと文句言うくらいにな。暇してるなら来てくれるだろ……なにせ自身をレジェンドにしてくれたバントで甲子園に行こうっておかしな連中がいるんだからな」
その三日後、バント世界一の木田は本当に津浜高校にやってきた。小さい頃にテレビで見てたスター選手が眼の前のいる現実をナインは信じれないでいる。
「えーどうも木田昌大です……この度はバントで甲子園に行こうというおかしな夢をみる野球部に招かれたわけですが……」
ホームベース前に木田が立ち、ナインはグラウンドで背を向けて体育座りをして貴重な話を聞く体勢をとっている。
「そもそも送りバントとは自己犠牲とかチームプレーなどと言われているが、僕は自分のためだけにバントをしてきたつもりだ。打てなくても送りバントをひとつ決めれば仕事をしたという評価になる。送った走者が還ってこようと来まいと僕には関係ない。送りバントが得点期待値を下げるだけの行為と揶揄されても知ったこっちゃない……。送りバントを誰よりも多く決めたから、レジェンドとまでいわれる今の僕がある、世界記録保持者と讃えられる僕が……」
「あの木田さん……おはなしの途中で恐縮ですが、僕らはなにも送りバントをするつもりはないんです。全て打者走者が生きるためのバント……それが結果的に送りバントになることもあるでしょうが……最初から死ぬつもりはまったくもってありません……」
白縞はレジェンドにも臆せず自分の意見をいう。
「あ、そうだったな…送りバントだけを繰り返してたら無駄なアウトを与えるだけで得点など入らんな……生きるためのバントか……プロのレベルなら難しいだろうが、高校野球地区予選レベルなら適当な場所に転がせれる技術あればいけるかもしれないな……」
木田はバットを持って実戦モード。投手役の白縞が投げたボールをライン際に簡単に転がす妙技を見せつける。
「いいかい、バントってのは基本は体全体を使い、いかにボールのすぐ近くに目を置くのがポイントとなる。ただこのやり方はボールに顔近づけなきゃ行けないから、高校生レベルだと恐怖感で逆に失敗しやすくなる……そこでもう一つの方法、手だけ動かす方法も伝授しよう……この方法は体全体を動かすやり方より精密度は落ちるが……恐怖心がなくなり……」
木田による親切丁寧なバント講座が続き、ナインもそれを模倣してにわかにバント技術が上がったと各自喜ぶなか、一人だけ例外が……。
言い出しっぺの白縞は相変わらずバントが下手なままで、
「あれ失敗した……おかしいな、言われたとおりやってるのに……」
転がしたボールは虚しくファウルゾーンに転がっていく。
そして木田を呼んだ当事者である川相監督は請求された金額に肝を冷やす。
「息子の知り合いだから友情価格のバーゲンセールって言ってたのに……きっちり講演料と技術指導料取ってるじゃん……これ払ったらオレの少ない貯金が全部消えるぞ……。元を取るには上位進出しかねーよ!!」




