2犠打目
「バントが得点期待値を下げるだけの愚策!? それは送りバントだけの話!!」
バント練習はあまり体力を使わないからか、白縞はまだ完全に乗る気になってないナインを洗脳させるために、バントで転がしつつ持論をベラベラ並べている。
「無死一塁の状況で相手がバント処理をミスすればオールセーフで一二塁! アウトを与えない上に走者が貯まるから得点期待値は下がるどころか上がる! いいか、みんな! 転がすならライン際の難しいところより、守備と守備が重なるところだ! どっちか捕るか迷って連携ミスるから!」
白縞は予めバットで地面に線を引きこのあたりに転がせと明確に示している。
前進してきた一塁手とマウンドを降りてきた投手が重なる場所、その合わせ鏡で三塁手と投手が重なる場所、お互いボールを捕ろうと駆け寄る投手と捕手がごっつんこしやすい場所……白縞の力説によると主にこの3つが狙い目だという。
「このへんにとりあえず転がせばかなりの確率でオールセーフだ!」
といいつつ肝心の白縞がバントをそこに転がせない。これでは説得力はまるでないが、それでも次々と打席に入るナインたちは黙々とバント練習に順ずる。
特にうまいのは1年生の平野である。まだ中学生のあどけなさが残る平野は上手いのも当然、去年の冬にこの案を思いついた白縞が直々にスカウトした選手……平野は同じ中学の後輩で在籍もかぶるために、その業師ぶりは白縞が中学当時からよく知るものであった。
とはいえ平野が津浜高校進学を決めたのは駅から5分の好立地が最大要因であるが……。
「みんな平野みたいにやってくれ! ライン際に転がすとか難しいことは考えるな! とにかく守備陣がごっつんこする場所を狙ってくれ!」
豪快に遠くに打ってこそが野球の最大の楽しみなのに、誰もバットをフルスイングせず、コツンコツンと足元に転がすバント練習に文句ひとつ言わないのは、白縞がそれだけカリスマ性があるからか、発案時唯一意見した島中以外は無気力無抵抗に上が言うままの野球をするのか。
答えはそのどちらでもなかった。
ただナインは勝ちに飢えているのだ。激戦区神奈川県で甲子園は夢のまた夢でも、少しでも上位に行ける方法があるなら乗ってみるのも悪くない。甲子園とは行かずともベスト32やベスト16(参加校180でノーシードだとすると4、5回勝たないといけない領域で、強豪校でない高校が頑張って届くのは悲しいがここまで)に行ければ注目度はあがるし、女の子にもモテるだろうし、大学への推薦の話も舞い込んでくるかもしれない。
唯一意見した島中だってバント練習をいとわない。左打席で大きな体を縮こませ、遠くへ飛ばしたい衝動を抑えて数10センチ先を徹底的に狙っている。
「グラウンド狭すぎて、遠くに飛ばすと他部に迷惑かかるし……白縞に乗ってやるか」
こうして白縞の洗脳が行き届き、相変わらず下手くそな白縞以外はバントの技術を爆発的に向上させていくのだが、二塁手のイケイケボーイ今宮がふと気づく。
「ねえ、キャプテン、攻撃はバントでなんとかなるにしても守備のときどーするの?」
「は!」
白縞はまずいところを疲れたと一瞬だけ眉を思い切り上げるが、彼はどこまでもポジティブだ。
「バント練習でそれに関わる一塁手と三塁手とバッテリーの守備はいやでも上がる!」
「オレが守る二遊間と外野は!?」
「!?!?」
「相手はうちみたいにバントばっかしてこないんだし、練習しないと無理っしょ。そこのショート守るらしい平野くんとオレ一回も連携取ったことないよ、そもそもそんな場所ないし、前まで二塁ベース置いてあった所は今や陸上部が100m走るトラックだし」
グラウンドが狭すぎて投手と一塁三塁線上を結ぶ部分しか取れないために、二遊間を守る選手はベースカバーとして一塁と三塁に予め置かれている状況で外野はそもそも配置できない。
「正直痛いところと突かれた……いくら取られてもバントで取り返そうとの魂胆だったが、いくらでも取られてしまいそうだな……守備練習しないと。バックネット裏の壁を使って壁当て捕球送球練習くらいはできるだろ……二遊間コンビは。外野はどうしようもないけど……」
「それにキャプテン……」
今度は1年生業師平野が意見する。
「バントしかしてこないとわかったら相手は極端な守備シフト敷いてこないかな? 例えば外野に人を置かないとか超前進守備とか」
「そこは大丈夫、だって相手はそんな練習してないんだよ? 外野0で内野7人体制とかむしろどうやって守っていいかわからず余計ミスするだろうよ……」
「なるほど……でもキャプテン……」
「まだなにかある?」
「キャプテンが示したごっつんこする3スポットに予め守備を置く、各ベースカバーにも予め3人置く。これだとたいていのバントは失敗せずにうまく処理できるんじゃないの?」
白縞は平野が言われたままのシフトをバットでグラウンドにデザインする。確かにこのスポットに予め守備を置けばごっつんこは実質的になくなる。
「それならシフトで多少狭くなったが、投手と野手がごっつんこする場所を狙ってそこ転がせばごっつんこは起きる……」
「それだと大まかに転がせばどうにかなるって前提崩れないかな……業師の俺なら転がせるけど……」
「………」
「おい平野! キャプテンにあんま難しいことを畳み掛けるなよ、処理能力は人並み以下なんだから!」
「すいません、島中さん……」
「いやいいんだ、みんなが意見してくれて。うまく対応できればそれだけ甲子園が近づくんだから……二遊間外野の守備練習できない……適切なバントシフトへの対抗策……よし! いいこと思いついたぞ!」
「なんだよ、ほんとに思いついたのか」
島中だけが即座に言い返す。
「そこまでの対抗策をひねりだしたり、取ってもそれ以上取られる高校が出てくるのはトーナメントのだいぶあとだ! そこまで行ったら考える!」
「あーやっぱこれだ……なんでオレらこんキャプテンの迷言にホイホイついていってるんだろうな……」
島中はとりあえず呆れるしかない。