10.優しいイーリア
もしかしたら、この異世界でも地位の高い人に無礼なことをしてしまったかもしれないということで、実に小市民的な俺は顔は平然としているかもしれないが、実は内心焦りまくっていた。
ヤバい、ヤバい。どーしよ。だってここ異世界だし、元の世界と常識も違うよね!?ということは、一発ゲームオーバーなんてこともあり得るわけだよね。
こんな風に。
そんな矢先に彼女、イーリアから声がかけられた。
「でも、この私に変なものを飲ましたことは万死に値するわ。まずは一回、殺してやるっ!」
優しいかと思ったら、突然の手のひら返しだとっ。そもそも、まずは一回殺すってどういうことなんだよ。そんなことが頭の中を渦巻いていたが、彼女から漏れ出す圧に呑まれて、体の重心が後ろに持っていかれて、まるで尻もちでもついたような体勢になった俺はこんなみっともない言葉を出すしかなかった。
「ひいっ!まだ、死にたくないっ。俺も変なパンとか置いて、ずっと惑わされたから、つい出来心でいたずらしたくなっただけなんだよーーーーっ」
そんな俺の惨めな言葉を聴き、彼女は笑って、
「本当に殺すわけないじゃない。いくら怒ってだとしてもね。だって、お爺様に連れて来いって言われてるのに、連れてこなかったら怒られちゃうわ」
そう言って、天使と見紛うほどの優しげな笑みを浮かべたのだった。
そして、彼女は隣の人にすら聞こえるかが怪しいほどの小声で、
「それに、私にそんなことをしてきたのは、あなたが初めてだったしね」
そう言ったのだった。
そんな彼女の姿をしばらく俺は見つめていると、
「何よ、そんなに見つめて。私のことを見ても出てこないわよ」
「ああ、ごめん。ちょっと頭が回らなくて」
「そうね。確かに私があなたの状況になったとしても、そうなるでしょうね。突然夜中に目が覚めたと思ったら、矢で撃たれていて、挙げ句の果てに、その相手にいたずらして怒られて、今も血が少しずつだけど出ているんだものね。朝まで寝ているといいわ。その間は私が護衛をしてあげるし、傷も治しておくわ」
そんな至れり尽くせりの対応をしてくれるイーリアに申し訳なくて、俺は、
「女の子に夜中に見張りさせるなんて、そんなことさせるわけにはいかないだろ」
「じゃあ、あんたは戦える力はあるの?きっとないんでしょう?後は私に任せて、ゆっくりと休むといいわ」
そのあと、だんだんと俺の意識は遠ざかっていった。