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リジーは周囲に吹っ飛ばしたアーロが落ちていないかを探そうとしたが、遥か彼方に消えたと話すと残念そうに肩を落とした。
「そのアーロが頂けたら今日のノルマは達成できたんですが……」
聞くとアーロの硬い外皮を加工して装飾品にする事で生計を立てているらしい。
凶暴な性格ではあるものの夜行性という事で日中の寝ている時を利用して朝方に罠を張り捕獲しているそうだ。
罠にかかったアーロを探している途中に見慣れない物体、
……まぁ俺なんだが……
を見つけて近づいてきたらしい。
「アーロを容易く倒すなんて、アキラさんは戦士か冒険者だったのかもしれませんね」
もし手違いで襲われることになったら命を失う事も多く、過去何人も被害が出ていると表情を曇らせた。
「しかしそれだけ危険なら君のような子だけで来るのは不味いんじゃないか?」
聞いた感じだとこの世界の屈強な男ですら骨の折れる相手のようだ。
例え夜行性で罠にかかっていると言えど何かあった際にはとても太刀打ちできるとは思えない。
「それなら安心してください! 何かあっても私は風速足で逃げれるので」
何だろう、高性能の靴だろうか、ニーケの新作シューズかな?
そう思うや否やリジーはその場で軽くジャンプすると、重力に反し空へと浮き上がっていく。
風の力で被っていたフードが外され、明るい茶色の髪が激しく風になびいた。
まるでワイヤーで引っ張られたように上がった後、クルクルと旋回しながら戻ってきて地面手前で
ホバリングをする。
アーロを加工した靴だろうか、硬そうな靴の裏の部分に蜃気楼のような歪みが発生しているのに気が付いた。
「アーロは高く飛べませんので不意打ちされない限りはこれで逃げることが出来るんです!」
どや!と言わんばかりにホバリングしたまま腕を組むと、やや顔を上げて鼻を鳴らす。
本人的には下の者を上から見下ろすような感じなのかも知れないが身長差の為、正面で向き合う程度となっている。
「おぉぉぉー凄いじゃん。それなら箒無しでも空の球技大会に出れそうだな」
眼前の出来事に対しアキラの感動は薄かった。
そりゃ前の世界でならまだしもドラゴンや巨大ワームを見た後だと例え人が空を飛ぼうがドローンが飛んでいる程度の認識にしかならない。
映画だとバンバン飛んでるし。
「けどやっぱり魔法は存在しているんだな……」
魔物はさておき、同じ種族の人間が使っているのを見ると一層違う世界であると実感が沸く。
「ここまで器用に飛べる人は少ないはずなんですけど……、思ったより反応が薄かったのがちょっとショックです」
ゆっくりと地面に足をつけると不満げな顔を近づける。
フードを被ってた時はわかり辛かったがショートカットが似合う健康的な美少女という表現が良く似合う。
日に焼けた褐色の肌は活発な印象を与え、口角が上がった口元は不満げな顔でもどこか微笑んでいるようで好感が持てた。
「悪い悪い、ドラゴンとか見た後だとマヒしてしまって。これ以上驚くと心臓発作で死ぬかも知れない」
「それは不味いですね、しょうがないので許してあげます」
人差し指をこちらに向けると、満面の笑みを浮かべた。
「今日は皆ピリピリしていたんで気楽に会話できてスッキリです」
「そうなのか、何か町で問題でも起こったのか?」
「えぇ、なんだか山で騒動があったようで町の防衛部隊が駆り出されてしまって」
見える城壁の向こう側には山があり、そこに採石場があるらしい。
採石場での採掘が重要な産業であり交易の要となっているそうで、どうやらそこで問題が発生したようだ。
「もしこんな時に何かに襲われると大変な事になるので気を張ってるんです。
王都にも念のため応援要請を出したそうなんですけど、着くのに何日かは必要なので来てくれるのはまだ……」
暫くは防衛戦力が少ない日々を過ごさないと行けないとなると、確かにこの世界では危険が一杯なので緊張感もかなりの物だろう。
そんな中未確認物体として城壁に迫ってしまい、少しだけ申し訳ない気分となる。
「そういえばアキラさんは何の適性をお持ちなんですか?」
記憶喪失だったらわからないかも知れませんけどと控えめな声で確認してくる。
「適性って?ここでは何かの検査でもするの?」
「魔法の相性ですよ、例えば私の場合は風に適性がありましたので先ほどの風速足みたいに風魔法の相性が良いんです」
手首につけたブレスレッドにもう片方の手を添えると、手のひらに風の塊らしき歪みが現れた。
それを地面に投げると落ちた塊は周囲の砂を巻き上げ、微かな砂塵を起こすと霧散する。
「流石に魔物を攻撃する事は出来ないですけど、物を動かしたり空を飛んだりは出来るんです」
聞くとこの世界では幼年期に全ての属性の魔法について学び、訓練をするらしい。
その工程で自身の適性を見つけ、そちらに特化した勉強を進める。
ただ当然ながらその中でも力の強い弱いがあり、中にはほぼ魔力が皆無の者もいるようで、そうした者たちは魔法を諦め、武術や体を鍛えるといった方向にシフトしていくそうだ。
「うーん、俺は何かはわからないんだけど音楽家だから風属性なのかなぁ?
音波って空気を振動させて出すもんだし高速ピッキングとかで何か早いし」
過去恥ずかしくて履歴書には一度も職業、音楽家とすら書いた事は無いが、まぁ会社員と言った所でこの世界では理解されないかも知れないし。
「えぇ!もしそうだったらお揃いですね!この辺りには風属性の人は余りいないので嬉しいです!」
喜々として答えたリジーはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねると俺の手を取りブンブンと上下に振り回す。
先ほどまでの警戒が嘘のような接し方の変化に、あの町でのこの子の境遇は余り良くないのかも知れないと感じた。
「周りは土属性の人ばかりでして。ただ音楽家という職業や種族・・・ですかね? は聞いた事が無いのでアキラさんは何処か遠くから来た人なのかも知れませんね」
名前だけ聞くと何だか魔物みたいですねとやや失礼な事を言う。
「音楽家言うのはだな」
ちょっと離れて見ててくれというと置いていたスプー君を手に取りボディを足に預ける。
このスプー君は破壊専用ではあるものの、一応ギターとしても使うことが出来る。
チューニングをDropDにしているからとかではなく、破壊用だけに音も破壊的ではあるが。
アンプを出してないので生音だが、これだけ静かなら直弾きでもまぁ少しは聞こえるだろう。
「こういう事をやるのさ」
ズボンの裏ポケットからピックを取り出し6弦に添えると開放弦をブリッジミュートで弾く。
多少手癖も交えてリフに移行しようとするのだが、
「あっ、防衛隊の帰ってきた合図です!」
大声で叫ぶリジーの声に思わず手を止める。
後ろを振り向くと、遠く離れたハフの町から煙が立ち上るのが見えた。