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野球には余り詳しくは無いが2アウト3ボール、ランナー2・3塁といった状況なのだろうか。
サインは盗み見なくてもわかる、明らかにこのピッチャーは死球を狙っている。
となると来る場所に対してどう切り返すかだけに集中すればよい。
四足歩行状態から球体へと姿を再度変えると、じわりじわりとこちらへ進み始める。
今はピッチャーとバッター程の距離感となってはいるが、初見時より距離が開いていないため、先ほどのような速度が出る前にこちらに到達するだろう。
速度を上げてくる球体がやや盛り上がった地面から離れた刹那、
ちょうどお腹の位置当たりに向けて飛び込んで来た。
あ、これってどっちかというとドッジボールだったかという思いに陥ったが今持っているのはギターだ。
内角スレスレに飛び込んでくるボールを何とか打とうと体を引き、ギターのネックとボディに手を添えた状態で腰を使い、思い切り振り切った。
いわゆるバントからのスイング、ゲームだとホームランになるはずだ。
「アーラィッ!」
思わず気合の声が漏れた。
やはり何かアクションをする時は気合の掛け声が必要だ。
スローモーションのように流れる時の中でお互いが駆け寄る恋人の抱擁のように接する瞬間、
激しい反発を予想していたアキラは余りの肩透かしに思わず前のめりにこけそうになった。
糠に釘どころでは無くこれでは空気に釘だ。
先ほどの球体もワーム同様跡形も無く弾け飛ぶと、微かな液体を飛ばした以外は
さも何もなかったかような空気が周囲に流れる。
僅かな痕跡として少量の砂埃が収まると、広大な暗い荒野がまた眼前にあった。
ただ一人時が止まっていたアキラは我に返るとスプー君のボディを慌てて確認する。
少し滑った液体はついているが傷はついていない。
良かった……、手持ちの物が破損しなかった事に安堵すると、地面に腰を突く。
(なんだったんだ今のは……)
見た事もない生物が訳も分からず唐突に襲ってきた。
今回は何かの邪魔をしたわけでもなく騒ぎ立ててたわけでもない。
あの生物は肉食でちょうど良い食べ物の俺を見つけて襲って来たんだろうか、
いつ何時危機が迫るかわからない現実にアキラの体に悪寒が走る。
体を丸めると外界からの感覚をすべてシャットアウトにかかる、私は貝になりたい。
「ってそうじゃねぇだろ!!!」
なにおセンチになってるんだ!
そんな事よりもどういう事だよ、あの化け物はなんでいきなり爆発したんだ!?
挙句スプー君のボディに傷1つすらついていない。
愛着のある物に限って大体何かにぶつけて小傷に涙するものだ、あぁ俺の大事な子供に傷が・・・的な。
そんな親心を他所にスプー君は え?なんか面白いことありました? と、
言いたげな涼しい顔でこちらを眺めている。
常識とはその場その場で変わるもの、かつ個人の思い込みが常識というもんだ。
違う世界に来たのだ、自分を疑え。
徐にスプー君を持ち直すと、近くにある盛り上がった岩と向き合う。
球体の化け物が衝突した窪みが残ったその岩に向けてスプー君を思い切り振りかぶると
力を込めて叩き払った。
「アーーーラィッ!」
まるで砂のように細かく弾け飛ぶと、砂埃を残し岩は姿を消した。
続けざまに隣にあった丸い岩にも振りかぶると、地面に向けて叩き伏せた。
「アーーラィ!」
スプー君を持ち上げると更地になった地面がハズレと言わんばかりに顔を出した。
モグラたたきなら明らかにミスだろう。
疑念が確信へと変わった。
そうではないかと薄々感じてはいたが他にも変なことが多すぎてそこまで気が回らなかったのだ。
ニヤリと、口角を上げ気味の悪い表情を浮かべると
思わず口を開いて囀ってしまった。
「これが俺に与えられた戦闘手段か」
本来簡単に壊れるはずのパフォーマンス用ギターが傷一つ負わず、逆に当たった物がまるで砂の城のように崩れ去る。
突起物に押し付けるだけで確実に傷が付くにも関わらず埃がついた程度となっており、
前の世界でその辺に転がっている石の硬度を仮に100とするなら、この世界では恐らく20にも満たないのではないだろうか。
その位脆い、まるで豆腐を殴っているような感覚が自分がこの世界で石を殴る感覚なのだ。
女神は言っていた、『この世界は非常に危険な世界なので貴方に身を守る力を授けます、それは貴方の心の拠り所に宿るものに』と。
常識を超えた感触、女神の言っていた力はきっと【楽器での攻撃】、心の拠り所での攻撃が俺に与えられた手段だったのだ。
なんて便利な物を授けてくれたんだ!
あれだけの化け物を軽く滅せる力だ、これがあればもし襲われたとしても早々死ぬことは無い。
特典外の力だけどかなり有効に使えるぞ、ありがとう女神様!!
LEVEL99の気分を味わったアキラはギタースタンドをインフィー君から取り出すと
スプー君を立てかけ、まるで神様にお祈りするかのように手を合わせて頭を下げる。
うん、これでもし何かが襲ってきてもスプー君で殴れば解決だな。
また襲われても厄介だ。
念のため周囲に転がっている岩を掛け声と共に潰し、細かな石を周囲に散らす。
効果があるかは眉唾だが、さっきのような化け物が来たら微かでも音が鳴るはずだ。
そんな雑な思考になるほどに今日は色々ありすぎて疲れてしまった。
やや広さのある高めの岩によじ登ると、スプー君を脇に置いて寝袋に入る。
楽器練習の日課も流石に今日だけはする気が起きない。
お願いだから何も襲ってこないでくれよ、
そう思いながらアキラは浅い眠りに入った。