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ドラゴンと別れ、言われた方向に走っておおよそ1時間程度だろうか。
遠くに山が見え始めた後、赤い大地が白に変わり始めて間もなく、まだ距離はあるものの目視で人の住居らしき物が見えてきた。
大きな山を背に城壁と思しき石造りの壁があり、山と城壁の間に背の高い建物が見える。
日も落ち、人影を確認する事は出来ないが壁の中心辺りにかがり火らしき揺らめきが見え、そこに門がある事を教えてくれた。
やっと着いたか。
魔物により壊滅した世界だったらどうしようかと少し考えていたのだが
人の生活が成り立っているのを確認できた事により、ホッと胸をなでおろした。
暫く走りっぱなしで碌に休憩も出来なかった、
着いたらインフィー君から食べ物を出して一息つきたい所だ。
上手くコミュニケーションがとれるか等と考えながら走っていると
壁に近づくにつれて、狭間らしき部分から光が漏れ始めた。
最初は中心のみであったがどんどんと波及していき壁全体に広がり、
人の移動による遮りだろうか、所々漏れている光が点いたり消えたりを繰り返していた。
なんてことだ。
これはもしかして、もしかしてだが
俺が着いたことによる歓迎の意を表してくれているのか?
第1印象で9割は人・場所のイメージが決まる。
前の世界ではどの町も過剰なまでのアピールで客を誘致しようと必死だった。
やはり人が来なくては生活は成り立たないのでこういったみるからに利便性の低い地域は
如何にして人に来てもらうかにフォーカスする。
その為、駅前で現地特有の踊りや音楽を奏でたり屋台が並んでいたりと
着いた時点でお祭り騒ぎでお出迎えをして歓迎の度合いを理解してもらうのだ。
ちょうど良い、歓迎のお返しに俺も素晴らしい曲たちを届けよう。
この世界にない素晴らしい楽曲を聞けば失禁するほど喜んで貰えるはず。
そこからきっと俺たちはソウルメイトになれる、そう思い始めた矢先に
「打てぇぇぇぇーーーーー!」
激しいフレットノイズのような音と共に、光が空に向けて放たれた。
夜空に煌めく星のように無数に広がった光は緩やかに上昇を終えると、重力に負けアキラに向けて降り注ぐ。
願いを叶えてくれる流れ星とは違う、命を奪う質量をもった光は地面に音を立てて突き刺さりその光が弓矢である事を知らせてくれた。
間一髪進路を反らしたアキラは何とか星の群れを避けると壁に対して平行に走り続ける。
「まてまて!敵じゃねぇぞーーーーー!」
冷静に考えれば予想もつきそうな事ではある。
魔物が徘徊するであろう世界で誰でもウェルカムなんて事はまずありえない。
物騒な世の中であればあるほど防犯には当然、力を入れる
はっきり見えない夜に爆音で近づいてくる得体の知れない何か、そりゃ攻撃するって。
弦音鳴りやまず、
延々とこちらに降り注ぐ弓矢にアキラは壁までの距離を詰められずにいた。
このままでは埒が明かない、悔しくはあるが夜が明けるのをまってから再度近づこう。
日中であればこちらが人類であるという事もまだわかって貰えるのではないか?
ロブ君も収納して白旗でもあげる事にしてそのまま車体を壁の反対方向にきると、
速度を上げて壁から離れていった。
*
*
*
遠くに先ほどの城壁が見える位まで戻ると、
休憩できそうな岩場を探して野営をする事にした。
かなり無理をさせてしまったな。
時間はかかったがロブ君のメンテナンスを終えるとインフィー君に収納し、
代わりに寝袋や電気式ランタン等を取り出す。
昼間の暑さとは打って変わってこの辺りは夜間はかなり冷えるようで
本当は火を起こしたいが継続的に燃えそうなものが周囲にないので我慢することにした。
この世界の星空は元居た世界よりも近く感じ、はっきりと光を見る事が出来る。
恐らく光化学スモッグ的な物が少ないのだろう。
文明のレベルはまだ見えないがそれほど発展していない気もする。
地面に座りながら軽く食事を済ますと、
まだ1日と経ってはいないが今までの出来事を思い返す。
来て早々辺境に放り出され、道すがらドラゴンとワームに襲われ、挙句人にすら敵意を向けられる。
なんだか踏んだり蹴ったりだなと思う反面、刺激の連続で気持ちは高揚していた、
良く教科書に出ていたコロンブスも今のような気持ちでいたのだろうか。
まだ明日は原住民との初対話だ、何とか友好な関係を築きたいな。
先の行動について物思いにふけていると無数に転がっている岩の1つが小刻みに揺れ始めた。
正面にあるサッカーボール大ほどのその岩は、大きく揺れ始めるとゴロゴロとこちらへ反れる事なく一直線に向かってくる。
最初はあっけにとられて遠くで行われているサッカーの試合の如く静観していたが、
どんどん縮まってくる事で明らかに、こちらに向かってきていると理解した。
体当たりか?
すぐさま今いた場所から立ち上がり離れていくが、まるで追尾ミサイルのように方向を変え迫ってくる。
遠くからはただの岩に見えたが徐々に近づく事で、表皮が見え始めそれがダンゴムシのような生物である事が分かった。
蹴られたサッカーボールのような速度で、かつボールとは似つかわしくないゴロゴロという激しい音を立てて接近しアキラに向けて飛び跳ねると体当たりを行う。
当たるわけにはいかない!
アキラは辛うじて飛び避けるとダンゴムシのような生き物は背後の盛り上がった岩にドゴォ!と激しい音をたて激突し、その体をめり込ませた。
自爆したか!?
これで終わってくれればとてもハッピーだったのだがそうはいかない。
埋もれた体を小刻みに揺らすと、岩からめり込んだ部分を吐き出し球体から姿を変えこちらへ向きを変える。
ダンゴムシと言ったが本来の姿はアルマジロと言うべきだろうか、四足の状態でこちらに向きを変えた姿は愛嬌など感じられず蜘蛛にも似た顔つきでこちらを見据えている。
口には無数の歯が光っており、油が塗られたようなギラつきもかかっていた。
当たったら間違いなく骨が逝ってた……
体中から出る汗が体温を下げていく中、
アキラはある程度距離を離してその生き物と向き合うとインフィー君に手を突っ込む。
何か武器になりそうな物はないのか?
思いつくのは手で持つ楽器やメンテ道具ばかりで武器らしき物が何も浮かんでこない。
あぁ、何で俺は身を守る物を何も持ってこなかったんだ!
自分のバカさ加減に頭を抱えつつもこの現状を打破しなくてはならない。
ギターやベースで戦うことも考えるがなんというかこう、躊躇してしまう。
命の危機が迫っていてもこういう事を考えてしまうのは人間の性なのだろうか?
直せるとは言えど高い物だし愛着もあってどうしても抵抗がある。
中にはビンテージ物も何点か存在しており、
それをすてるなんてとんでもない!と誰かから怒られるかも知れないし。
(あああああ!そういえばあれがあった!!!)
イメージを固めインフィー君から手を引き抜くと
そこには先ほどの選択で躊躇していたギターが力強く握られていた。
使う機会に恵まれなかったけどまさかこういう時に役に立つとは
買った自分を褒めてあげたいと強く思った。
アキラが手にしたギターは通称スプー君、
主にギタリストがステージ上で
過激なパフォーマンス
をする時に使う専用のギターだ。
死に場所が違う!とスプー君に怒られそうな酷い話ではあるが、もともと壊す為の物なのでこれなら惜しくは無い、どうせ直せるし。
見た目に反して軽いスプー君を持ちながら向き合うと両手でネックを持ち、さながらプロ野球の助っ人外人的なバッティングフォームになると目標を見据えて身構える。
ゴルフフォームとどちらが良いか迷ったがまだこちらの方が馴染みがある。
かといって子供の頃にしかした事のないバッティングで太刀打ち出来るのか疑問はあるが、先ほどと同じく高まった器用さに全てをかける事にした。