家族
「……?」
どういうこと……?
「え、わからなかったかな? 言葉通りの意味なんだけど……。ちょっと待ってね、紙に書いた方が分かりやすいかなぁ」
少し離れて控えていた美人のメイドさんがスッと進み出て、真っ白な紙とペンを恭しくエリザに差し出した。こんな白い紙初めて見た。
サラサラと流れるように見たことないような達筆で書かれた内容は、以下の通り。
・冒険者パーティー『お兄ちゃんと私』基本方針
お兄ちゃんのお仕事
1、基本的におうちにいること(例外あり→遊びに行くなどは可)
2、ごはんをきちんと食べること
3、あぶないことはしないこと←いちばんだいじ!
私のお仕事
1、その他
なお、パーティーが得た報酬はリーダー9、サブリーダー1で分配することとする。
「……なにこれ」
「?」
そんなニコニコこっちを見られても困る。
「なにから突っ込んだらいいのか分からないんだけど……とりあえず、これ何?」
「だーかーらー、お兄ちゃんはお家に……お兄ちゃんのお家は今日からここだけど、お家でごろごろしててください! 私が迷宮で冒険者のお仕事をします! 以上!」
「はぁ!?」
色々おかしな点が多すぎる。
「……一個ずつ順番に聞いていくけどさ」
「うん、なんでも聞いて!」
「まず家のことなんだけど……」
「えっ、この迷宮都市内でぜったい一番いいお家だと思うんだけど……えーっと、狭い?」
「そうじゃなくて僕の家……ギルドの長屋は」
「あんなボロ……じゃなくて汚……でもなくてえーっと……あんな…あんなアレなお家はお兄ちゃんにはふさわしくありません。家族なんだから私と一緒にここに住むのが自然!」
なんでも聞いての時のニコニコ顔も僕の家を貶す時のむくれ顔も可愛いなぁ。僕のボロ家が貶されてるのは仕方ないのでこの際置いておこう。
「うーん……」
何をどう突っ込めばいいのか考えてると、なんだか何もおかしくない気がしてきた。兄妹が一緒に住むのはたしかに自然だし、あのオンボロ長屋よりこっちの家……屋敷? 宮殿? の方が住み心地が良さそう、というか比べることすらおこがましい。蜥蜴とドラゴンくらいかけ離れてるよ。
「とりあえず次にいこう。家で僕がその……ゴロゴロしててエリザが働くっていうのは?」
「お兄ちゃん、兄妹とは言え、冒険者パーティーはお仕事なので、役割分担が大事だと思います」
「確かにね」
少し姿勢を正して真面目な表情を作るエリザ。
確かにねも何もオリハルコン級最強と組んだところで僕にできることなんて荷物持ちくらいなんだけどとりあえず適当に相槌を打つ。
「お兄ちゃんがいてくれることで、私のお仕事効率が十倍以上になります。十のお仕事量に対するお兄ちゃんの貢献度が九、私の貢献度が一なので、これで公平になります」
「ええ……」
「……昨日のエルダードラゴン、いつもなら私でもちょっとは手こずるくらいの大物だったんだよ。だけど、お兄ちゃんが危ないと思ったら頭が真っ白になって身体が動いてた。その時に分かったの」
じっと僕の方を見つめる綺麗な金色の瞳。
「この世界に生まれてから私は強くなるための努力を欠かしたことはなかったけど、それでも限界みたいなのは感じてた。でもそれは違くて、私はお兄ちゃんのためならいくらでも強くなれる」
エリザがぐっと拳を握る。静かだけど、力強い口調だった。
それといっしょに膨大な魔力が場に満ち溢れだした。エリザの感情の昂りの影響で、彼女の体内を流れる魔力の大河が知覚できる表層に現れたような感覚だ。濁流でもマグマでもない、膨大で純粋で静かな力の流れだ。おそらく解放すればこの部屋どころか屋敷ごと吹き飛ぶようなエネルギーだけど、不思議と怖さはない。魔力の余波だけがエリザを中心に強い風が吹いているように周囲を揺らしていた。
「————————」
エリザが拳を開くと嘘のように魔力の流れが消えた。エリザが何かを呟いた気がしたけど、それはカーテンやシャンデリアの揺れる音にかき消されて聞こえなかった。
「というわけなんだけど、お兄ちゃんが迷宮についてくるのは危ないからダメなので、この役割分担になりました!」
一緒に冒険するって言われたら死んじゃうだろ馬鹿じゃないのってパーティー結成無かったことにできるかなと思わないこともなかったんだけど、言われたことが全部真実ならそこそこ妥当な理由なのですぐには文句が浮かばない。本当に10倍強くなるのかは分からないし、そもそも、パーティーの話をいまさら反故にしてエリザが泣いたらごめんなさい多分やっぱパーティーになります! ってなってただろうからそんなこと考えても意味ない気もする。
「うん、もうちょっと掘り下げて聞きたいことはあるけど、とりあえず大方の話はわかった」
「じゃあ……!」
ぱあっとエリザの顔が明るくなる。本当によく表情の変わる子だな。
神託に逆らうことは創造神教会を敵に回すことだし、逆らう気もない。強さどうこうのお話も僕みたいな一般人に毛が生えた程度の冒険者だと正直真偽を判断できない。
「けど待ってほしい。僕がお兄ちゃんだって神様じきじきのお告げがあって、どんなに意味不明でも神聖魔法使いにそれを疑う余地がないのは分かる」
「う、うん」
「だけど、僕がお兄ちゃんだって神託と、このパーティーの話繋がってるようで繋がっていなくないか? 家族でも別に住んでる人もいるし、いくら神託があったといえエリザと僕は種族も違うし、年齢もエリザの方が上で、客観的に見たら赤の他人だ。なのに僕個人へのこだわりが強すぎる」
「……うん、そうかもしれないね」
僕に結論を遮られて、僕からちょっと目をそらすエリザ。
「だから……なんで僕自身にそんなこだわるのかを聞かせてほしい。これじゃ納得いかない」
「ホントのこと言ったら、これで条件を飲んでくれる?」
「……ああ」
エリザのことは嫌いじゃない。変な子だとは思うけど。
オリハルコン級冒険者様が神託まで持ち出して僕のことを騙したり担いだりする必要は全くないので、言ってることも嘘じゃないんだろう。
だけど、嘘じゃないことがおかしい。僕とエリザは人間とエルフだし歳も違う、間違いなく昨日がはじめましてじゃないか。見ず知らずの人間を突然お兄ちゃんって言われて、その人間のために働いたり、強くなれたり、いくら神託があっても普通は嫌だろ。
だからこの子が何を考えてるか知りたかった。
「じゃあ、一回しか言わないからよく聞いてね」
エリザが真面目な顔でこっちを向き直って、少し逡巡。スゥ、と息を吸って——口を開いた。
「私がお兄ちゃんのこと、大好きだからだよ」
それは、本当に幸せそうな笑顔だった。この笑顔を疑うなんて誰にも出来ない、そんな顔。
「だから、お兄ちゃんにこれから一緒にいてほしいな?」
「わかったよ……」
「えへへ、やったっ! お兄ちゃんだーいすき!」
僕にも疑うことはできなかった。この子は本当に僕のことをお兄ちゃんだと思っていて、僕のことが好きで、僕と一緒に居たいんだと思わされた。じゃあそれでいいじゃないか。誰も損しないんだし。
「けどこれってさ……要は僕は働かないでお金だけ貰ってるように外から見えるし……いわゆるその……外見上はその……ヒモ」
「お兄ちゃん、私たちは家族。家族は助け合うもの」
ついさっきお兄ちゃんでいいじゃないかと思った時より、僕たちは家族! って気分になってきた。家族は助け合うもの。家族はヒモじゃない。