報連相は大事です
「あっ……」
カウンターの前にいる僕と目があった途端、さっきまでの氷みたいな空気は嘘みたいに消えて笑顔の花が咲いた。まるで春先の雪割草のようだけど、この子は雪も草も自分で一人二役だ。
「お兄ちゃん、おはよう! 来てたんだ!」
「あ、ああ。おはよう……」
開口一番、問題発言が出た。昨日と比べるとすごい元気だし、大変幸せそうな笑顔でなんだか何かを吹っ切った感がある。僕の関係ないところで僕に関係ある何かを勝手に吹っ切るのはやめてほしい。
「おい、お兄ちゃんだってよ……」「神託の剣姫に兄貴がいたなんて聞いたことあるか?」「そもそもあいつだれだ? 普通の人間じゃないか?」みたいな普通の感想に始まり、「笑ってるの初めて見たよ」「笑顔が可愛すぎる」「氷の女王のイメージが崩れ……いやこれはこれでアリかもしれない」「なんだかよくわからんがとりあえずあの冴えないやつ許さん」という高嶺の花に男が現れた的なリアクションもある。
「え、エリザ様……?」
受付のティナさんも固まってるじゃん。どうすんだよこれ。
「ティナ、お兄ちゃ……ケインの用事を先に聞いてあげて。順番でしょ」
「ひっ……は、はい!」
氷みたいな冷たい態度でティナさんに接しているエリザ、僕と話してた時と声色と表情が違いすぎる。二重人格かよ。
「なんなんですかケインさんこの状況は!?」
「いや、さっぱりわからない……」
ティナさんが強い語調なのに音量だけはナイショ話のそれで器用に話しかけてきた。エルフ族は見た目に違わず耳がいいらしいから意味はないと思うけど。エリザの尖った長耳も今警戒中のウサギみたいに動いてるし聞こえてるだろ。
「いや、ティナさんもういいよ。忘れ物、届けにきただけだから。本人に返す」
よいしょとデカイ魔石を背嚢から取り出し、少し離れたエリザの方に向かう。
「忘れてっただろ、これ」
「あっ……うん、うっかりしちゃってたよ、ありがとう、お兄ちゃん!」
だから二重人格かよ……。僕とティナさんで態度が違いすぎる。一瞬だけ呆気にとられたような表情を浮かべた後、魔石を両手で受け取って、胸に抱いた。照れたような、笑顔が眩しすぎる。
「だからそのお兄ちゃんって……」
なのでその眩しすぎる笑顔に対して、僕はあなたのお兄ちゃんでもなんでもないし百歳も年上なのにお兄ちゃんってのやめてくれない? がどうしても言えない。ん? って顔してニコニコこっち見ないで。
「いや、なんでもないです……」
「ティナ、私の用事なんだけど、昨日申請出したパーティー申請、通ってる?」
「え、エリザ様がパーティー申請ですか!? 昨日私は休暇だったので、ちょっと把握してなくて……ちょ、ちょっと待ってください、調べてきますね!」
ティナさんは小走りでカウンターの奥に消えていった。
「おい、聞いたかあの神託の剣姫がパーティーだってよ」「ゴールドやミスリルどころか、他のオリハルコン級とも実力が違いすぎてパーティーが組めないとかいう話だったのに、いったい誰だ?」「剣姫にパーティーの誘いを断られたミスリル級のキオザさんが逆ギレして一撃で伸されたの見たことあるぜ」
そういえば僕も『神託の剣姫』が孤高の存在だというのは聞いたことがある気がする。誰とも馴れ合わない、氷の女って話だ。僕みたいな下級の冒険者はオリハルコン級なんて雲の上の存在を意識することはないので特に気に留めてはいなかったけど。
こっちをニコニコ見ては僕と目があって照れ照れ俯いて笑う異常に愛らしいエリザ・ノースウッドと、冴えないブロンズ級の僕と、奇異の目を注ぐギャラリーが待つこと数分。
「お、お待たせしました。申請の可否なんですが、手続き上は何の問題もないというか、オリハルコン級のエリザ様からの申請は通すしかないと言いますか……けどその……やはり規則とか慣習とかその辺の折り合いがというか……ギルド長から説明を要求されまして……」
「……通ったの?」
「ひっ……」
威圧されて怯えるティナさん。エリザの周りに冷気が漂い、ピシピシと音を立ててダイヤモンドダストが漂い始めた。綺麗だなぁ。体内魔力が感情の昂りで活性化されただけで事象に影響を及ぼすなんてどんな魔力量だよ……。
「は、はい。申請自体は通すそうなんですが、事情だけは聞かせてほしいとギルド長が……」
「なら良い。イオはいつもの部屋? 話をしてる間に他のメンバーの手続きをしておいて」
ギルド長、イオ・ドラゴ・フランヴェルジェ。人間ではない長命種族で、長きにわたって大迷宮の管理に携わっている国の最高権力者の一人だ。親しい間柄みたいに見えるけど、さすがオリハルコンだなぁ。
「あの……再度確認、なんですが……」
続きを言い淀むティナさん。
「パーティー名『お兄ちゃんと私』……。リーダー、ケイン。サブリーダー、エリザ・ノースウッド。パーティーメンバーは以上二名、でよろしいですね……?」
は!?
「うん、大丈夫」
「大丈夫じゃないよ!?」