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イビキがうるさいのは隣じゃなくて二軒隣だったりする

 



 低ランク冒険者のご多分に漏れず、僕も冒険者ギルド所有の長屋に部屋を借りている。これはギルドに対して当たり前の貢献——迷宮探索と魔石の納品や魔物の報告なんかさえしていれば、タダ同然で住むところが得られる有難いシステムだ。荒くれ者が多い冒険者に最低限の生活をさせてやらないと何をするか分からないという大変残念な理由に由来するシステムでもある。


 隙間風が吹き込むわ隣室のイビキが添い寝でもしてるみたいにまる聞こえになるほど壁が薄いわというとんでもないボロ家だけど、背に腹は変えられない。天井裏からカサカサと鼠の気配もするのでひとり寝もさみしくない。やったね。


 僕はそのボロ長屋の寝床で横になって、部屋の隅に置いておいたドラゴンの大きな魔石が暗闇でぼんやりと光を放つのを眺めていた。


「エリザ・ノースウッドか……」

 とんでもない美少女で、超越した剣と魔法の使い手。本人に間違いないだろう。装備していた大剣も軽装鎧も最高位の付与術師エンチャンターによる魔化エンチャントが行われた真銀ミスリル合金製に見えた。ミスリルを含んだ合金は金属自体の加工の難度とコストが極めて高いうえ、魔法的に安定した物質のため、エンチャントも難しい。おそらく王国の宝物庫にだってあれほどの逸品があるかどうかというレベルのものだ。


 こんな小汚い長屋に住んでる僕なんかとかは生きる次元が違うのは明らかなんだけど――

「お兄ちゃんって何……?」

 だからこそ、この疑問だ。僕は近隣の小さな農村に生まれて、痩せた土地と貧しい農村に見切りをつけて冒険者になった。妹はいないし、いたとしてもエルフな訳ないし、年齢も合ってないし、完全にこれっぽっちも疑う余地なく、エリザ・ノースウッドは妹じゃない。村にいた頃の幼馴染の妹分、なんてこともない。


 どれだけ考えても無意味だろう。多分、いや間違いなくエリザ・ノースウッドはちょっとばかり頭が可哀想な子なんだ。とりあえず明日になったらギルドの本部に行って魔石を届けよう。彼女が何を勘違いしてるかは知らないけど、それでおしまいだ。関わらないようにしてればオリハルコン冒険者様なんて僕のことをすぐ忘れるさ。


「うぅ……寒っ」

 隙間風のせいで夜はかなり冷えるし、毛布は薄っぺらい。何もかもが輝いてるようだったエリザ・ノースウッドと、ボロ長屋で隙間風に悩まされる僕の違いなんて考えないようにしよう。落ち着かないまま悶々と過ごしているうちにいつのまにか僕は眠りについたのだった。




 翌日。


 僕は迷宮からほど近い冒険者ギルド本部に来ていた。冒険者としての登録に始まりパーティー結成の仲介、魔石をはじめとする迷宮資源の売買やその斡旋など、迷宮に関わる全てを取り扱う場所で、冒険者なら必ず立ち寄る場所だ。その大きな建物内には武具の出張販売所や食堂兼酒場、それに冒険者の階級や迷宮への立ち入りを管理する事務所などがある。


 迷宮内で大きな異変があった場合事務所に報告する決まりなので、おそらくエリザ・ノースウッドもドラゴンの件は事務所に報告に来る、あるいは報告済みだろう。とにかく魔石のことは事務所でなんとかできるだろう。後は知らない。

 ギルド本部はいつも埃っぽくていつも騒々しい。食堂ではガヤガヤと冒険者たちが雑談に興じたり喧嘩っ早い連中が殴り合いをしたりしていて、武具屋では前衛職の戦士が真剣に武具を吟味していたり、あるいは大声で値切り交渉をしていたりする。

 ゴツくて汗臭い冒険者(酔っぱらい)たちの間を抜け、奥にある受付カウンターにたどり着いた。


「あら、ケインさんこんにちは」

 ニッコリと受付の美人さんに笑いかけられる。美人でしかも有能なため大変人気があるギルドの事務員、ティナさんだ。

「こんにちは〜。あのさ、ティナさん——」


 と、ティナさんに事情を話そうとしたその時。ざわざわっ! と入口付近で騒ぐ声が聞こえた。人混みが邪魔で入口は見えないけど……。

「どうしたのかしら。誰か有名人でも来ました?」

「有名人って……」

 嫌な予感。


「邪魔」

 温度を感じさせない小さな声にも関わらず、それは喧騒に突き刺さってその息の根を止めた。

 荒くれの冒険者たちが静まり返り、割れた人垣から現れたのは——。


 エリザ・ノースウッドだった。



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