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オタク言語の翻訳は難しい

 


「とか言ってたくせに見つけられませんでした、と……」

「お、おかしいよ! 間違いなくあの区画で魔物退治してたって聞いたのに! それに付近の魔物は全部枯れてた、直前までそこにいたのは間違いないし、すれ違わないとダンジョンから出れない状態だったんだから!」

 魔物が大量発生して困ってるらしいエリアに急行したエリザが、手ぶらで帰ってきた。なんでだ。

「エリザのことを撒くって可能なのか……?」

「普通に考えたら絶対無理だよ。私、自分とお兄ちゃんの周りに常にうっすら魔力場を展開してて、何かが触れたら気づくようにしてるもん。不可視化とか静音化とかみたいな魔法でも素通りはできないよ。それこそ姿を消す、じゃなくて、存在ごと消すレベルじゃないと」

 今初めて、勝手に僕の周りに魔力場が張られてるらしいことを知ったけど、もう咎める気にもならないね……。

「存在ごと消すなんて出来るわけない。そもそも意味がわからないな」

「うーん、テレポートとかワープとかそっち系の魔法かな……」

「てれぽーと?」

「あ、えーっとね、移動の過程をすっ飛ばして移動する——うーんと、ドアを開けたら遠くの別のドアから出られる、瞬間移動? みたいな? そんな魔法がこの世界にあるなんて聞いたことないけど……」

 その後、独り言という感じで、あのドアもあのボールもないからなぁ、説明難しいなぁ、と小さな声でエリザがぼそり。

 何を言ってるか意味は全く分からないけれど、ドアからドアへ、の例えはなんとなく分かった。要はエリザに感知される領域をすっとばして移動したってことか。エリザの時間操作も大概だけど、次は空間操作ときましたか……。


「でも、私から逃げるってことは何かやましい事があるってことだよ、お兄ちゃん!」

「そうかなぁ……。そんな便利な魔法があるとしたら、それでダンジョンから帰るのは別におかしな話でもない気がするけど……」

「うーん、納得いかないなぁ」


 あくる日。

「今度は別地区で強力な魔物が!?」

 と、エリザが飛び出して行って——

「って、また空振りだったよー! お兄ちゃん慰めてー!」

 すぐに帰ってきた。

「はいはい。よしよし……」

 僕の胸に抱きついて泣いてるフリをするエリザの頭を撫でる。

 エリザの頬が染まってるのは見なかったことにする。照れるくらいなら無理してやらなくても……。

 しばらくじゃれついた後、エリザは真面目な表情でつぶやく。

「——でも、ペースが早すぎる。偶然や自然な魔力の乱れなら、この頻度で何かが起きることはないはず。その先々に私より先回りして魔物を倒してる……?」

「うわぁ、急にシリアスになるな」

 びっくりした。

「あ、ごめんね、お兄ちゃん」

 照れ照れ、と笑ってる。可愛いね。じゃなくて。

「獣の勇者はどんどん名をあげてるし、冒険者ギルドが処理しきれてない魔物を教会関係者が処理してる以上、迷宮運営に対する教会の発言権も大きく上がっていってる……」

「でも、獣の勇者が勇者である以上、獣の神ビースティアに反することはでないだろ? 自作自演、みたいなセンはない」

 獣の勇者も、獣の神の勇者である以上、神の意志に背けば力を失うはずだ。

「そうなんだよね……。白確のはずなんだけど、何かがおかしいよ」

「まぁエリザより早く魔物退治に回れてるのはギルドや教会から情報を回してもらってるだけなんじゃない?」

「あはは……そうかも」

 エリザは面倒ごとを避けるためにあまりギルドや教会に顔を出さない。先方も気を遣ってか、よほどの緊急時以外連絡が来ないのだ。

「とにかく、私の出番がないっ!」

「普段あんなに僕と家にいたがってたのになんでそんなに活躍したいんだ?」

「そ、それはっ、確かに……! こんなに外出しちゃったら、本末転倒だ……! お兄ちゃんに良いところを見せようとして無理したせいで、機会損失がすごい! 何回おうちで一緒に過ごせたか——!」

 こいつ気づいてなかったのか……?

「まぁ獣の神さまの加護がある以上、獣の勇者が悪さしてる可能性はゼロなんだし、エリザが無理する必要ないんじゃないか?」

「それはそうだし、私もそうしたいんだけど、何か引っかかるなぁ……」




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ビースティア礼拝堂。獣の神ビースティアの精巧な像が鎮座していて、ずらりと椅子が並んでいる。そのひとつに、猫耳の黒い少女が気だるげに座っていた。その背後には神官がひとり立っている。

「神託の剣姫が事態に介入してきている。これは由々しき事態ですよ! 勇者様!」と、神官。

「まさかエリザ・ノースウッド様が絡んでくるとは思いませんでしたけど、由々しき自体というほどではないのでは? ボクはふたりでことにあたるほうがラクで良いと思います」

 気だるげな口調で少女は答えた。その少女——獣の勇者は激昂する神官を、冷たい目で見る。

「剣姫が絡んでしまえばどんな難題も終わりです。あなたの仕事もなくなります! ビースティア教会の力も、あなたの力も示せませんよ!」

「確かに、あの力はすごかったですね。思わず逃げ出しちゃいました」

 少女はあの時遠くに感じた剣姫の気配を思い出すだけで、尻尾の毛が逆立つのを感じた。遠くに感じただけで全身が凍りつくかのように思うほどの、強烈な氷の魔力。

「ボク、寒いのは苦手なんです。猫獣人ですし」

「そんなことはどうでもいいんです!」

「……大きな声を出さないでください。うるさいです」

「他の従属神にはいない、勇者を生み出したのは我らが獣の一派には大きい! これを機に手柄を挙げて、我らの地位を上げる、そうすればあなたの名も上がるんです!」

「でも、ノースウッド様が出てきたらもう終わりじゃないですか? うちの神さまは創世神さまの従属神なのに」

 その神さまの礼拝堂で不遜な言い草かもしれないが、創世神の神託を受けた剣姫と、あくまで従属神である獣の神の啓示を受けた勇者にしか過ぎない自分では格が違うのは、客観的事実だ、と、獣の勇者は考える。それに、神託と啓示でも格が違う。神託は神の意志そのものを託されることであり、啓示は上からの導きに過ぎない。


「戦うとしたらそうでしょう。あなたがビースティアさまから借りた権能があれば、その神姫に先んじて手柄を上げるくらいならできる。違いますか?」

「それはそうかもしれませんけど」

 実際に先日迷宮で出くわしそうになった時は、うまくそれで避けれている。それに、そもそも向こうの能力が分からない以上、必ずしも戦って負けるとは限らない、と勇者は思う。自分の能力を過小評価することはない。自分の魔法ならどんな格上相手でも初見で殺せる可能性は低くない。


「このまま魔物災害を抑えることは、あなたの『お兄様』のためにもなるんですよ? 迷宮から魔物が湧き出たら、この街のどこかにいるあなたのお兄様もどうなることか……。最近は若いツバメを囲い込んで兄だなんだと言って遊んでばかりの神託の剣姫に、あなたのお兄様の命運を任せられるのですか?」

「……」

「やるべきことはひとつです。先日の掃除のおかげで、いまは魔物発生も落ち着いています。今日明日は休んで、また頑張りましょう。我らが神のために」

 神官はにこやかに、いけすかない顔で笑った。

「……忘れてるようですけど、ボクがあなたたち神官の言うことを聞いてるのは、信仰や権力からではありません」

 ふっ、と勇者の姿が消える。次の瞬間には、神官の喉元に勇者の指先が突きつけられていた。その爪は黒い魔力で覆われて、刃物のようになっている。爪がわずかに神官の首筋に触れ、プツ、と血の滴が浮かぶ。

「お兄様を探すのがあなた方の仕事。ボクがあなた方の言うことを聞いているのはあくまでその利害あってのこと」

「……ひっ」

 勇者の金色の猫の目の瞳孔が縦に開き、薄暗い礼拝堂で光る。

「ボクは、教会の力でお兄様を探すという約束で教会の指揮下に入っているだけ、と言うことを忘れてないでください。ボクが勇者として受け取っている啓示は神さまの意思であり、あなたたち教会の意思ではありません。勘違いしないでくださいね」

「わ、分かっています。も、もちろんです。相変わらず、あなたのお兄様の捜索はやらせていますよ!」

「わかればいいんです。あまり図に乗らないでくださいね」

 神官が慌てて礼拝堂を退出し、ドタドタと靴音が遠ざかっていく。獣人特有の聴覚で、その靴音が遠くに消えたのを確認して、はぁ、とため息。

「ボクが名前をあげたらお兄様がボクを見つけてくれる、と思って、これまで頑張っていましたけど、あんな連中に利用されてるのも癪ですね。最近どんどん付け上がってますし」

 勇者になってから、お兄様を探すために、まずは自分の名をあげようと教会の勇者として精力的に活動していたが、そのせいで彼らを図に乗らせてしまったのは間違いない。

「勇者になってこの街に来ればお兄様を見つけられる、と思ってきたのは見通しが甘かったですね……。ボクは浮かれてたみたいです」

 それに、冒険者や迷宮にも興味があったし……、と色気を出したことも反省だ。


「でも、『魔物災害の可能性がある』と啓示があったのは事実ですし、放置もできないんですよね。お兄様が迷宮都市のどこかにいる可能性はとっても高いですし、もし巻き込まれてしまったら……。それさえなければノースウッド様に任せてしまうんですが」

 と、その時、ふと思いついた。そもそも、今回迷宮都市に来たのは、お兄様が冒険者になる、と言っていた記憶を手がかりにしたからだ。この街に冒険者として滞在している可能性が高いという考えだ。


「……これ、自力でお兄様を見つけてしまえば全部解決してしまいますね?」

 よくよく考えれば、お兄様を見つける、というそのそもの目的さえ達成されれば、魔物災害からお兄様を守ることも容易だ。


「なんでこんな簡単なことに気づかなかったんですかね、ボク」

 勇者は、ふふふ、と笑って、礼拝堂から薄暗い廊下に消えていった。






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