会議は踊る、されど進まず
こないだのお兄ちゃんとのおでかけ――じゃなくて、デ……デートは邪魔が入った。とは言え、アイリスって友達もできたし、悪いことばかりじゃなかった。私以外に妹キャラがいるのは気にくわないけど、とりあえず妹格付けは完了したし。
そんな私はまたお兄ちゃんを攻略する方法を考えていた。一緒にお風呂やベッドを一緒にするのは、お兄ちゃんがその――えっちな目で見てるかもって感じるととんでもなく恥ずかしいしやめました……。わ、私はお兄ちゃん相手なら別に――じゃなくて、そういうのは手順があるからね!
「つまり、今はヘタれて何の色仕掛けもしてないってワケでありますね」
「……」
ということで、私はルリアに詰められていた。
アイリスとの試合が終わった数日後だ。
「だって恥ずかしいし……仕方ないもん……」
「くぅ……! その目の眩むような拗ね照れ顔はやめてほしいであります……!」
だって恥ずかしいんだから仕方ない。
「と、とにかくケイン様が兄君として自覚を持って振る舞ってくださっているのは見て分かりますが、そこから次のステップに移行するのは逆に難しいです。多少無理をしてでも異性を意識させるしかないと思うであります」
「デートはしたけど……」
「はんっ……」
鼻で笑われた!?
「主を鼻で笑わない」
「あだだだだだ!?」
ルリアのほっぺをつねる。本気を出したらほっぺがなくなるのでもちろん本気でじゃない。ルリアは痛いはずなのになんだか嬉しそう。ドM?
「と、ともかく、そんな子供みたいなデートで異性として認識させるなんてもってのほか。それにワタクシが見てる限りどんどんケイン様のお兄ちゃん度は上がってるであります」
「うん」
「一緒に過ごすようになってからあっという間にエリザ様のご記憶通りのお兄ちゃんとして自然と振る舞われるようになったのは実際に兄君だった魂の記憶でしょう」
チンピラから守ってくれようとしたときの姿は間違いなく前世のお兄ちゃんの記憶そのままだった。とっても嬉しい、えへへ……。
「はい、そんな天使みたいなかわいらしい顔でえへえへしてないで話を聞いてくださいであります」
しまった、顔に出てたらしい。あといつものことだけど大げさに私の顔を褒めるのはやめて欲しい。
「しかしそれが今度は問題となってきます。良識あるお兄ちゃんであれば妹に手を出すなどもっての他でありますからね。お兄ちゃんではいて欲しいけど、それと同時に恋人、あるいはそれ以上の関係になりたい、というのは難題です」
「たっ、確かに……」
お兄ちゃんが転生しても私の知ってる優しいお兄ちゃんだったのは嬉しいけど、言われてみればそれだと前世と同じだ。
「現状の関係はエリザ様にとっては前世の記憶、ケイン様にとっても魂の記憶による関係。性急な手を打たないのであれば、今世になってからの新しい関係、ご兄妹でもあるが、今は異性同士でもあるという意識を積み上げていくしかないと思うでありますが……。もちろんできるかぎりのことは考えますがこつこつ時間を積み上げて、となるとどうしてもサポートは難しいでありますな。エリザ様がヘタれてないで既成事実を作れば一発な気もするでありますが」
「き、既成事実……」
サポートは難しい、とは言うけど、客観的な分析はとても助かる。なんだかかつてないくらいルリアが頼もしく見えるね……。ヘタれてる、ってのは主相手にとんでもない言い草だな……とは思うけど、何も言い返せない。とにかく自分のペースでがんばるか、それとも……その……き、既成事実から入るか。
「ただアイリス様というライバルも現れたことですし、あんまり悠長にしているのはよろしくないとは思うでありますよ。それにその……何の根拠もないことなんでありますが――」
珍しく歯切れが悪いルリア。
「なんだか言いたいことがあるみたいだけど、何?」
「……またトラブルが起きる気がするんでありますよね……」
「……そう?」
「この国の最強の三人のうち、神託の剣姫、竜の剣聖までが揃った今、残りは『獣の勇者』。その勇者が近々このカルナディアス迷宮都市に来るらしいんであります」
「もしかして獣の勇者がアイリスみたいにお兄ちゃんの知り合いかも、みたいな話? そんなわけないと思うけど……。獣の勇者は教会が厳重に囲い込んでて、今までグラン・カルナ大聖堂からほとんど出たことがない。獣の神の啓示を受けて魔物退治はしてるらしいけど、その時も神官が大勢帯同してる。お兄ちゃんと知り合いな訳がない」
私たちが住んでいるのはカルナディアス迷宮都市と言って、カルナディアス迷宮の門前町だ。グラン・カルナ大聖堂はこの町から馬車で二日ほどのところにある王都グラン・カルナの中にある。創世神とその従属神を信仰する創世神教の神殿で、獣の勇者に加護を与えた獣の神ビースティアもそこに祀られている。私も創世神様にはお世話になっているので、何度も顔は出しているし、寄付金なんかも少なくない額を出している。教会事情にはある程度詳しいつもりだけど、そんな私も獣の勇者と会ったことはない。
教会は神の加護を受けているという正当性を担保するために、なんとしても獣の神ビースティアの加護を受けた獣の勇者が必要らしい。私は創世神様の神託を受けてはいるし、願いを叶えてくれた創世神様に感謝はしているけど、教会の言うことを聞く義理はない。
勇者は神の加護を受けているので私と同じように神聖魔法を使える。自分で言うのもなんだけど神聖魔法はチートそのもの。前世のゲームで言うと、神聖魔法が使えるだけで魔力はカンスト、MPが無限で、バフ魔法が常時てんこ盛りな状態になる。
そんな勇者なんて存在を教会が御しきれるかは疑わしいけど、どうやら教会は幼い頃から獣の勇者を囲い込むことで教会の傀儡に仕立てていたみたいだ。教会にとっては虎の子だし、外界の余計なものに触れさせるわけがない……ってことから、獣の勇者と会うことの難しさを私はルリアに説明した。
「まぁそうでありますよなぁ、常識的に考えるなら……」
「そう。ルリアは考えすぎ」
「う~ん、これは失礼したであります。いくらエリザ様アイリス様とお二人が妹ならびに妹分としていらっしゃってもまさか誰も名前を知らない獣の勇者とまで面識があるわけはさすがにないでありますな……! あはは、ワタクシの杞憂だったであります!」
やっぱりルリアの杞憂だよねえ。お兄ちゃんに私以外の妹なんているわけないんだから!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方、同じとき、どこかの場所。揺れる馬車の中、ある少女が目を覚ました。黒髪の少女は、ふぁ~、と伸びをひとつ。揺れる窓の外には肥沃な草原とその向こうに大きな都市が見える。
「……やっと会えますね、お兄様」
十代前半に見えるその姿に似つかわしくない蠱惑的な笑みを浮かべたその少女の頭には、猫のような耳がぴょこぴょこと揺れていた。