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はじめまして、お兄ちゃん

 



 僕は火蜥蜴の革鎧レザーアーマーで身を包んでいて、その子は金属製の胸当てで武装していたので、抱きつかれて胸の感触が~みたいな嬉し恥ずかしなアクシデントはなかった。ちょっといい匂いがした気もしなくもなかったけど。


 見ず知らずの女の子が僕の胸に顔を埋めてぐすぐす泣いているという異常事態に僕は完全に思考停止していたが、僕が思考停止している間にも普通に時間は流れていたらしく、やがて女の子は泣き止んだ。完全に頭が真っ白だったのでどれくらいの時間が経ったかは分からないが、ドラゴンが出たとかこの子が一撃で倒したとかはもう頭から飛んでしまっていた。


 しばらくしてその子は、僕の胸に埋めていた顔を離し、ゆっくりとこっちを見上げた。


 とんでもない美少女だった。


 魔力灯の薄明かりにぼんやり光る、肩口で切り揃えられた滑らかな銀髪。雪のような白い肌。泣きすぎてぐしゃぐしゃになっても損なわれていない整った顔立ち。ぱっちりと大きな目は泣きすぎて少しだけ充血してるけど、金の瞳は黄金のよう。

 僕の胸板に両手をついて涙目の上目遣い。よくわからない衝動に任せてうっかり抱きしめそうになったのを我慢した僕を誰か褒めて欲しい。


「あの……えっと……君は?」

「あ……私は……」

 少しだけ言い淀んで、意を決したように息を一つ飲み込む。

「私は……エリザ。エリザ・ノースウッド。はじめまして、お兄ちゃん」

 こちらに微笑みかけてくるその顔は嬉しそうなのに、悲しそうにも見え——

「お兄ちゃんのお名前を教えてくれますか?」

「僕はケイン。ただのケインだよ」

 理由もなく、この子の悲しそうな顔をなんとかしてあげたいと思った。




 さて、人知の及ばないほどの力を持つオリハルコンクラスの冒険者の中でも最強と名高い、エリザ・ノースウッドの名前を知らない者は、きっとこのカルナディアス大迷宮の冒険者にはいないだろう。かく言う僕も、エリザ・ノースウッドのウワサは嫌と言うほど聞いたことがある。

 創世神から神託を受けた巫女の資格者であること、姫君もかくやという美しい容姿、そして斬れないものはないとまで謳われる剣技、その三つの特徴に由来する『神託の剣姫』という二つ名で呼ばれている古代妖精族ハイエルフの少女だ。もっともハイエルフは人間より寿命が遥かに長く、歳を取るのも遅いので少女と言っても百歳を超えているみたいだけど。


「お兄ちゃんっていうのは一体……?」

「え……えと……お兄ちゃんはお兄ちゃんだから……じゃダメですか?」


 うわぁ、かわいい。とりあえず外見が美少女過ぎるし、おどおどと小さくなって上目遣いでこっちを見ているのが庇護欲をそそるというかなんというか。だが、それはそれ。見ず知らずの百歳年上のオリハルコン冒険者様にお兄ちゃんと呼ばれる筋合いはない。普通に怖いし、意味が分からない。しっかり断ろう。

「……いいよ」

 間違えた。

「お兄ちゃん……!」

 感激っ! て目でこっちを見るエリザ・ノースウッド。そんな目で見ないで。撤回できない!




 とりあえず僕としてはお兄ちゃんって何……? って話をしたいのだけど、さっきの戦闘の衝撃で落盤が起きたりする可能性もあるので、とりあえずダンジョンの外に向かうことに。さっきのドラゴンとの一件は、カルナディアス大迷宮には一般の——僕のような木っ端冒険者には知らされない"深層"があり、そこでエリザが老竜エルダー・ドラゴンと闘っていたのを追い詰めたところ、天井を突き破って逃走してしまい、たまたま居合わせた僕があわや消し炭といった流れだったらしい。ということを、出口へ向かう道すがら聞いた。その話が終わると、エリザ・ノースウッドはもじもじと黙りこくってしまい、なんだか気まずい雰囲気になってしまった。

「じゃあ私はその、ギルドに報告義務があるから……その、またあしたっ!」「あ、ちょっと!?」

 出口に着くや否や、タタッと彼女は突然駆け出してしまい、一瞬で背中が遠ざかっていった。というか、足が速すぎる。


 なんだったんだ一体。


「あ」

 あの子、忘れてるじゃないか、ドラゴンの魔石。

 重装備の彼女の代わりに、さっき倒したドラゴンの魔石を預かってそのままだ。背嚢でゴトゴトと音を立てている。ドラゴンの魔石の大きさは人間の頭より少し大きいくらい。この大きさ、この純度、具体的な価値は想像することすらできないが、王都の一等地に屋敷が立つくらいは間違いないだろう。


「届けるしかない、よなぁ」

 とりあえず今日は疲れたし、明日でいいや……。




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