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幼馴染はずいぶんイメチェンして竜の剣聖になってたっぽい

 



「――って……も、もしかして……その顔……ケイン兄ちゃん……!?」


 僕が初めて会うはずの、竜の剣聖アイリスは――僕のことを兄ちゃんと呼んだ。聞き覚えのある声と、見覚えのある顔で。


 竜の剣聖アイリスは、絶対に知り合いじゃないはずだ。こんな特徴的な容姿の美少女、一回でも会ったら忘れるわけがない――。のだけど。




「その呼び方……に赤い髪の毛……青い目……」


 聞き覚えのある声と呼び方、見覚えのある顔を頼りに記憶をたどると――ひとつだけ、心当たりがあった。


「アイ……! アイか……?」

「やっぱりケイン兄ちゃん、ケイン兄よね! というか、今の感じ、あたしのこと忘れてたでしょ!」

 やっぱりアイか。赤毛に青目なんて濃いキャラクターを僕が忘れてたのには理由がある。

「い、いや、覚えてたけど、お前がずいぶん――そのぉ……変わってたからさ」

 赤毛と青目の知り合い、いるにはいたんだけど、目の前の美少女とは結び付かなかったのだ。


「けけけっけけっ、ケ、ケイン兄ちゃん……ってッ!? ちょっとどういうことお兄ちゃん!?」

「はぁ? あんたこそ何がお兄ちゃんよ。あんたとっくに百歳超えてんでしょうが」

「アイリス、あなたは赤の他人のはず……、私は正真正銘お兄ちゃんの妹だけど」


 僕のことを兄ちゃんと呼ぶアイとお兄ちゃんと呼ぶエリザ、どう見ても相性が悪そうだ。

「落ち着け落ち着け……説明するから」




 僕がこの街、カルナディアス迷宮都市に引っ越してきたのは二年前、十五歳の時だ。それより前は生まれ故郷の田舎の農村で過ごしていた。その農村は本当に何もないところだったのだけど、ある行商人のキャラバンが春と秋に数日だけ休息に立ち寄るのが恒例行事だった。

 アイリス――当時はアイって呼んでいたのだけど、アイはそのキャラバンにいた子供だった。初めて会ったのは、僕が十二歳、アイが九歳の時だ。アイはめちゃくちゃな悪ガキで周囲の大人たちを困らせていた。髪の毛も男みたいに短いし、肌は日焼けと泥で真っ黒、無茶ばっかりするせいで傷だらけ。今思うとキャラバンに他の子供がいなくてストレスをためていたんだと思う。僕の方も田舎で遊び相手の同年代の子供が少なかったのもあって、意気投合。一緒に遊ぶようになった。それから三年間、会うのは春と秋だけとはいえずいぶん親しくしていたのだけど、僕が十五で成人して冒険者になるために地元を出ていって以来、一度も会っていなかった――、なんて説明をエリザに済ませる。


「ずいぶん変わってて驚いたよ……」

「そ、そう? そうよね! あたしももう子供じゃないんだから」

 薄い胸をエッヘンと張るアイリス。

「ガキの頃は口調も男みたいだったし、髪の毛もぼさぼさつんつん、日焼けと泥で真っ黒だったのにな」

 今はさらさらと長い髪で、肌は若干焼けているもののそれも健康的な魅力がある。

「うるさいわね~、口調も見た目も頑張ってレディっぽく直したんだから!」

「ホントに驚いたよ……」

 つい二年前まで男か女かもわからないような姿だったアイがこうなってるなんて想像もつかなかったので、なかなか竜の剣聖アイリスと悪ガキのアイとが一致しなかったのだ。というか二年で成長しすぎでは。ぜんぜん十四歳には見えない。いつのまにか剣聖になってるもの含めて、何喰ったらたった二年でそうなるんだ……。


「にひひ、美人になったでしょ~?」

 僕の顔を覗き込んでくる悪戯っぽい笑顔は悪ガキのアイと同じなのに、凄い美人でもあって、どきっとしてしまった。ギャップというか、見知った顔に異性を感じてしまう背徳感みたいなものが凄い心臓に悪い。

「……お、おう」「えっ……ほ、ほんとっ!?」

 気の利いたことも言えず思い切り動揺して正直に返事してしまった僕と、正直な返事が返ってくると思っていなかったらしいアイリスが、気まずい硬直に包まれた途端――「こら~! いちゃつくの禁止!」と、エリザが僕の腕にしがみついてアイリスから僕を引き離した。


「私のお兄ちゃんなんだけど、勝手にお兄ちゃん取らないでくれる?」

「あんたこそ何がお兄ちゃんよ。ケイン兄、百歳も年上の女がお兄ちゃんとか言い出してるのなんで受け入れてるのよ?」

「それは――」と、今度はエリザとのことをアイリスに話した。


「ふぅん、前世の妹ねぇ。けどケイン兄にその記憶はないんでしょ」

「記憶はなくてもお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだけど」

「ま、神託ならそれはそうなんでしょうけど、ケイン兄の記憶だとあたしのほうが長い付き合いよね~」

「そ、それはそうだけど」

 そういう煽る言い方はまずいって――。

「今は一緒に住んでるし、もう私のお兄ちゃんなんだけど」

 カチン、ときた表情のエリザ。まずい……。氷の魔力が周囲に徐々に満ちて、エリザに触れている空気がパキパキと凍っていく音がする。


「ふぅん、あたしも子供の頃はケイン兄と一緒に住んでたし、あたしも妹ってことになるのかな」

 住んでたって言っても家に数日泊まっただけじゃん……。アイリスが「ね、ケイン兄」と、僕にウインクした途端、エリザの氷の魔力が強くなる。その氷の魔力に呼応するように、アイリスの周りにもパチパチと火が爆ぜるような音と熱気が漂い始め、赤い長髪が炎のように揺れる。

 これはまずそう。にらみ合う二人の間に火花が散っているような気すらするし、そもそもそろそろこいつらの怒気だけで物理的に被害が出るぞ。


「お兄ちゃんの妹は私だけ……!」

「ふぅん、ならどうするってのよ?」

 アイリスがニヤリ、と悪戯するときのアイの顔になっている。さっきエリザにリベンジしたいとか言ってたよな。こいつ、この状況を利用して、戦いに持ち込む気か――!? エリザは無用な試合や勝負を受けるタチじゃないけど、熱くなっている今はそうじゃないだろう。

「妹にふさわしいのがどっちか分からせる……!」

「ふふふ、やっと挑発に乗ってくれたわね! あんたに負けた借りを返す機会を待ってたのよ」

 エリザとアイリスがそれぞれ腰の剣に手をかけた。こんなところでやる気か……!?


「ストップストップ! こんなとこで喧嘩しない!」

 一触即発状態の神託の剣姫と竜の剣聖の間に入って二人の頭を掴んで引きはがす。左右の手がそれぞれ熱いし冷たい。なんでこの二人を一般人代表みたいな僕が仲裁しないといけないんだ。


「だってアイリスが……」

「だってじゃない!」

 むくれてもダメもんはダメです。

「じゃあどこでやれってのよ」

「どこで、って……」

『こんなとこで喧嘩しない』って要は喧嘩するなってことであって、場所を問題にしてるわけじゃないんだけど?

 この馬鹿二人どうしてくれようか……と思っていると後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。

「では、ギルドの訓練場でも借りて、そこで模擬戦をする、という形で決着をつけてはどうでしょうか?」

「ルリアさん!? いつの間に!?」

 突然背後からにゅっとルリアさんが現れる。

「今日はおもしろそうだから……じゃなくて安全のためにこっそり離れて尾行……じゃなくて同行してたでありますよ」

「いろいろツッコミどころがあるのは今は置いておきます……。で、それどういうことですか」

「ここでドンパチするのは論外として、のちに禍根を残すのもよくないですし、ここはとりあえずあと腐れなく本人たちがしたいようにやらせてみては、と思いまして」

 そして僕に「そのあとはお兄ちゃんが仲裁していい感じに着地させたらいいであります」、と耳打ちしてくる。何言ってんだこの人。とは言え、ここまでヒートアップしてると話し合いよりいったんエネルギーやらストレスやらを発散させてからの方が話し合いなんかもしやすい気がするってのも一理ある。

「勝った方が妹ってルールなら何も問題ない。私は負けない」

「あたしも別にそれでもいいけど、やめといたらよかったって後悔しても知らないわよ?」

「後悔するのはあなたの方だけど」

「ふっ、あたしを昔のままだと思わないでよね……!」

 急遽、あれよあれよという間に決まってしまった神託の剣姫対竜の剣聖とかいう最高のカード、バチバチと音が聞こえる気がするくらい視線で火花を散らす二人。どうしてこうなった……。




「どうしても何もケイン様があっちこっちに妹を作るからでありますよ?」

「心読まないでください……それにあっちこっちってほどは作ってません」

 もうこれ以上はいないし……いない……いないよな?




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