表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/24

三流のチンピラはモテないらしい


 今日はエリザと一緒に下町の市場に買い物することになった。


 というのも、今日、朝からエリザの様子がなんとなくおかしかった。まず、今まで毎朝気が付くと布団に潜り込んできていたのに、今日はいなかったこと。僕が短い期間でそれに当たり前のように適応してしまっているのもおかしいことはさておこう。

 そしてもう一つは、なんだかエリザと目が合わないことだ。そわそわしているけど、機嫌が悪いわけではないみたいなので、何か僕が気づかないうちにやらかしていた線は消えそう。何か悩み事や言いたいことがあるのかな、と思ったので、外に連れ出したら気分転換になるかなと、「外に買い物でも行かない?」と僕が切り出すと、「えっ、うん! 行く行くっ!」と元気になった。ルリアさんがすごくニヤニヤしてたので、この人が何か要らんことを言った可能性が高い気がする。

 エリザと一緒に住み始めてから、買い物は市場なんか行かなくても出入りの商会と使用人さんのお使いですべて片付いてしまう生活だったので、僕としては小汚くて治安の悪い、もとい、庶民的で活気のある下町の市場が恋しくなってきていた。そういう僕自身の気分転換も兼ねている。


 有名人のエリザと出歩いていると無用な騒ぎを起こす可能性があるので、今日のエリザは一般人に変装している。まぁ市場は人が多いから大丈夫だとは思うけど、念のためだ。

 大きな麦わら帽子で特徴的な髪と耳を隠して、武装もしていない。普段の長剣や胸当てやその他、いつもの装備は置いてきていて、使用人さんの娘さんから借りてきた庶民が着る普通のシャツとパンツ姿だ。庶民的な服は人形のような整った顔と雪のように白い肌とはミスマッチだし、普通の女の子――というには、容姿が可憐すぎる。が、しかし少なくともこんな華奢で小さい女の子が最強のオリハルコン級冒険者には見えないだろう。

 

 エリザの屋敷があるのは街の中心部の高級住宅地で、僕がこの前まで住んでいたギルドの長屋や市場があるのは円形の大きな町の街の外周、普通に歩くと三十分くらいかかる。その距離を歩いている間に市場や庶民の生活なんかの雑談をしているうちにエリザの朝のぎこちない感じも自然と消えていった。

「市場ってどんなとこなの? もう何十年も自分で買い物行ったことないんだよね」

「何十年……。ゴホン、まぁ僕みたいな庶民が買い物するだけのところだよ。汚くてうるさくてごみごみしてるけど」

 僕の前では幼い雰囲気なので、実年齢が百歳声なことを思い出すとちょっとびっくりしちゃうね。

「まぁ見た方が早いよ」

 そんな話をしているうちに市場に到着した。野菜や肉なんかの食べ物から武具や盗品まで、ありとあらゆるものの屋台が並んでいて、暑苦しい庶民でごったがえしている。僕にとっては居心地のいい喧噪だけど、お金持ち代表って感じのエリザは目を白黒させている。本来いいところのお嬢様な女の子を連れてくるような場所ではないけど、エリザの身体能力だと人ごみに流されたりはしないし、スリや痴漢にあう心配もないのでそこは安心だ。


「すごい人ごみだね、活気があるっていうかごちゃごちゃしてるっていうか……!」

 とエリザは好奇心が9対ちょっと引いてる1くらいの感じ。今日はエリザが何か悩んでるっぽいことへの気分転換なんだし刺激が強いくらいでいいだろう。

「それで、お兄ちゃんは何か買い物あるの?」

「特にこれと言ってない……、というか、あの屋敷にいて必要なものとかないし……」

 何もしなくても勝手にご飯が出てくるし家事をやる必要もないし、迷宮にも行かないので武器やアイテムの類が必要になることもない。

「最近屋敷のちゃんとした料理ばっかりだったし、市場で久しぶりに食べ歩きでもしようかな」

「お兄ちゃんの普段食べてたやつだよね、私も食べてみたい!」

「じゃあ行くか」

「えっ、お、お兄ちゃん!?」

 気が付くと自分で何の違和感もなく、いつの間にか握っていたエリザの手を引いていた。いくらエリザが人ごみなんかでどうこうなる存在じゃなくても、はぐれてしまう可能性はあるので、合理的な行動ではあるけど、自分がそうしていたことに遅れて気がついた。まぁ妹と手つなぐのくらい普通だし、って意識でいたらいいや、と自分に言い聞かせて、エリザの方を見る。向こうも向こうで僕のことをおお兄ちゃんとしてしか認識してないんだし――と思ったけど。

「~~~~…………!」

 エリザは煙がでるんじゃないかと思うくらい真っ赤な顔で固まっていた。なんでだよ、昨日まであんなにべたべたで平気だったくせに……!

「エ、エリザ……?」

 思わぬ反応に僕が慌てて呼びかける。向こうがそんな反応だとこっちが手握った意味が変わってくるんだけど!?




 と、その時。

「おいおい、そこ行く兄ちゃん」

 なんかよく分からんのに絡まれてしまった。

「うわっ……」

 声をかけてきたのはいかにもガラの悪そうな二人組だ。二人とも腰にブロンズの冒険者章がある。低ランクの冒険者には、軽犯罪を繰り返してにっちもさっちもいかなくなって、冒険者に流れ着いたごろつきが多い。ご多分に漏れずこの二人もそういうタイプに見える。


「かわいい彼女連れてんじゃねーか、こちとら女買う金にも難儀してるってのによぉ」「兄ちゃんたち金持ってそうだしよ、モテない俺たちにちょっとばかりカンパしてもらおうかね。富の再分配? ってやつだよ」

 うわぁ、最悪。ちなみにこれは彼女じゃなくて妹です。お互いくっつきたてのカップルみたいに真っ赤になってるのでそうは見えないと思うけど。

「わ、私がお兄ちゃんのか、か、かの、かの彼女……!」

 エリザが熱暴走してポンコツになっている。

「こんな冴えない奴にゃもったいねぇ、いかにも弱っちそうで鈍臭そうで――」

 まずい……!

 急に危険な状態になった。もちろん相手さんが。

「……」

 さっきまで真っ赤だったエリザの雰囲気が変わった。冷たい空気が流れるのを感じて、こないだエリザに凍らされたミスリル級の人のことを思い出す。僕のことを侮辱――って言っても大したことじゃないけど――した彼がどうなったか。彼が凍らされる程度で済んだのは、ミスリル級冒険者だったから、つまり強いからだ。いかにもただの街のチンピラ、僕と同じ一般人同然のブロンズのこいつらなんてエリザに凍らされたらホントに死んじゃうぞ。僕は新人お兄ちゃんとして妹が殺人を犯さないか戦々恐々。さっきまで上機嫌な子犬みたいにぴょんぴょんしてたエリザが急に剣姫モードになっているので、もうカウントダウンは始まっているのだ。

 その僕らの様子をなんだか勘違いしたらしく、「ハハハ、お前じゃ頼りないって怯えちまってるぜ?」とかなんとか的外れなことを言っている。

 とにかく――、

「ダメだ、下がってな」

「お、お兄ちゃん!?」

 エリザを押しのけて僕が前に出るしかない。

 経験上、この手のアホ代表みたいなタイプはイキがりたいだけ、ちょっと獲物を二、三発でもぶん殴ってすっきりしたら満足するものだ。チンピラ君たちの命は僕が守るしかないし、なにより――非合理的だと分かっているのにエリザをこういう状況で前に立たせたくないと思った。

 僕が少し痛い思いをするだけで、エリザの手を汚さずに済むし、チンピラ君たちの命も守れる。どうやらブチ切れ寸前だったらしいエリザの殺気と冷気が驚きからか霧散するのを感じた。危ないところだった。


「お、いい度胸じゃん。じゃあちょっと遊んでやるか……」

 とはいえ殴られたりするのも嫌だし、それでエリザがキレてもまずいからどうするかな~。なんて考えていると――


「ちょっと待ちなさい!」

 新しい闖入者が現れた。


 赤い髪の女の子だった。年齢は十代後半くらい、十五から十八くらいに見える。特に目立った身体的特徴がない種族、おそらくヒト族だ。身体的特徴がないって言っても、とがった耳だの牙だのしっぽだのがないってだけで、十二分に印象的な女の子ではある。というのも、気の強そうな顔立ちの美少女だし、髪の毛は夕焼けみたいに綺麗な赤、大きな目は青空のように青い。人形や美術品みたいなエリザの吸い込まれるような美しさとは違う、生命力を感じさせる美しさだ。服装は質素だけど質の良いシャツにスカートというシンプルなもので、腰には二本の小剣ショートソード。鞘に収まっていても分かるくらいの魔力を帯びている、すごい業物だ。


「あんたら、大の大人が二人がかりで恥ずかしくないワケ!?」

「なんだ、テメェ!?」

 どうやら戦力差を理解していないであろうアホなチンピラ君が食って掛かる。最高級の魔剣を二本も持ってるってことはどう考えてもそれを使いこなせるくらい強いってことなんだけど……。

「うおっ……!?」

 直後、ショートソードが片方のチンピラ君の眉間に突き付けられていた。剣筋が見えなかった、とかいうレベルじゃない。目の前にいたのに動いたことすら認識できなかった。どんな速さだ……!?

「いい年こいてブロンズなんだから、しょーもないことしてないでせめてまじめに働け!」

 女の子が剣を抜いたことでようやく格の違いを察したらしい二人は「ひぃ~~!」と悲鳴を上げ雑踏をかき分けて逃げいていった。そして万年ブロンズ、妹のヒモになってる僕が流れ弾でちょっと傷ついた。ちなみに市場は治安がこの通り最悪なので、今くらいの喧嘩は騒ぎにもならない。


「あんたら災難だったわね。こんなとこあんたらみたいな上品そうなのが来る場所じゃ――って、あんた……見覚えが……」

 女の子が変装したエリザの顔を見て――「もしかして……!?」と目を見開いた。


「……エリザ・ノースウッド! やっと見つけたわよ!」

 知り合いだったらしい。変装しているのに気づくってことはよく知ってる相手なのか……?

「……誰?」

 よそ行きモードの剣姫口調のエリザは冷たい声だけど、なんだかどことなく温かみがあるようにも聞こえる。

「……誰?じゃない! あたしのこと忘れるなんてどんな神経してるワケ!?」

「冗談」

 冗談を言う相手がいたのか、良かった……! なんて安心している僕を他所にエリザが言葉を続ける。

「それで、何の用? 竜の剣聖」

 どうやら知り合いらしいと思ったら、竜の剣聖だって……!?

 噂でしか聞いたことないけど、神託の剣姫、獣の勇者と並んで『カルナディアスの三剣』と言われる、最強の剣士の一人じゃないか。

 剣聖は10年に一度開かれるカルナディアス王の御前試合でもある武芸大会の優勝者に授けられる称号で、優勝者はその戦いを見た王直々に剣聖の称号と二つ名を与えられる。竜の剣聖は、去年開かれたその武芸大会で優勝し、竜の二つ名と剣聖の称号を授かったらしい。剣聖は、国の騎士や協会の神官戦士のエリートたちに稽古をつけたり、貴族や豪商の護衛などの仕事が多い。危険な迷宮での仕事ばかりの冒険者とは違う、地位、金、名誉と兼ね備えた、剣の腕一本でなり上がる人間にとってのゴール地点みたいな称号なのだ


「あんたもしかしてあたしの名前忘れてないでしょうね?」

 竜の剣聖、女性だって聞いたことはあったけど、こんな若い女の子なのは知らなかった。名前は確か……。

「……………アイリス。忘れてない」

「……ちょっと間が空いてた気がするけどまぁいいわ」

「じゃあ忘れてないから、これでいい? 私は忙しい。さよなら」

「さよなら、じゃない! あたしはあんたに用があるのよ! あんたが急に高難度の仕事断りまくったせいで、冒険者でもないあたしにまでしわ寄せがきてて、クレームつけてやろうと思って冒険者ギルドに行ったらあっちにもほとんど顔出してなくて、ブロンズ冒険者とパーティー組んで以来遊びまくってるって言うじゃない!」

「緊急性が高くて人命に危険がある依頼は対応してるけど」

「それは分かってるわよ。けど今までアホみたいに依頼こなしてたあんたがサボり始めたら市場のバランスが崩れるのよ。んで何してるのかと思えば、こんな市場でお忍びデートしてるっていい加減にしなさい!」

「お、お忍びデート……えへへ……やっぱりデートに見えるんだぁ」

 とエリザは怒られているみたいなのに、茹でダコみたいに赤くなってニマニマうつむいてくねくねし始めてしまった。

「照れ照れくねくねしてる……!? 口調も変わってるし、あんたそんなキャラじゃないでしょうが! 誰だこいつ……!」

 竜の剣聖アイリスが困惑してる。まぁいつもみたいな剣姫モードのエリザしか知らないと困惑するよな……。

「男に骨抜きにされるなんてっ……。あんたにリベンジ誓ったあたしの立場がないじゃない! 純粋なエリザに寄生してダメにしたヒモ男許せないわ……!」

 と、ここで僕の方に矛先が向いた。まずい……。

「そこのあんたが元凶ね、ちょっとツラ見せなさい」

 ぐいっと顔を覗き込まれる。真っ青な綺麗な目が僕に近づいてきて――、あれ、この青い目、なんだか見覚えがあるような……。




「――って……も、もしかして……その顔……ケイン兄ちゃん……!?」




 僕が初めて会うはずの、竜の剣聖アイリスは――僕のことを兄ちゃんと呼んだ。聞き覚えのある声と、見覚えのある顔で。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ