え? 僕がおかしいの……?
僕が新人お兄ちゃん、兼よく分からないヒモ生活を開始して、一週間が経った。ド底辺冒険者の貧乏暮らしから、エリザと二人でお茶したりお昼寝したりの堕落人生に切り替わって一週間とも言う。なお、ルリアさんをお供にしたダンジョン探索はとても虚しかったのであれきり行ってない。
屋敷の庭だけでも十分な広さがあって運動したり日光に当たったりできるし、食事は今までにないくらい質、量ともに申し分なく摂れているので、こんなに堕落してても肉体的にはいたって健康。
「ヒモ生活つらい……働きたい……」
暖かい午後の庭でエリザと優雅にアフタヌーンティー中、ポロリと本音がこぼれてしまった。
流れでこの生活を受け入れてしまったけど、よく分からない焦燥感というか、このままじゃまずい! という人間としての常識と言うか良心と言うか、そんな感じのなにかがガンガン警鐘を鳴らしているのを感じる。いくら養ってくれてる本人がそれで良くても、自分の心証的に居心地が悪すぎる。世の中のヒモたちはこの状況で何年もヘラヘラしてられるって心が強すぎない?
「ぶっちゃけエリザ様のご資産だと、働く意味なんて元からないでありますし、気にしなくていいのでは? 今ある資産運用の利益だけで一生遊んで暮らしてもおつりが出ますし……」
お茶のお代わりを運んできたルリアさんの正論パンチが痛い。
「そうだよ、お兄ちゃんと一緒にいる時間が減らないように経済的に不自由がない体制を整えてたのに、本末転倒だよ。暇だからダメのかな? 気晴らしに私の魔空船で遊覧飛行でも行く?」
そんな軽い気持ちで個人所有の魔空船持ち出すあたりも居心地悪いんだよなぁ……。巨大な魔石を動力源にした空を飛ぶ魔空船は、国家予算レベルの代物だ。国が所有する軍船も含めて国内に十隻も存在しないらしい。
「乗ってはみたいけど今はパスで……」
「そう、残念……」
魔空船は、遠く空を飛んでるのを見たことしかない、いわば憧れの乗り物。乗ってみたいのは乗ってみたいので、強くは断れなかった……。
「そうじゃなくて!」と、話を切り替えるべくよいしょとジェスチャーで魔空船の話を横に除ける。
「なんで僕がこんなにヒモ感を感じてるか考えてみたんだけど、エリザが完全に一人で稼いだお金を僕がもらってる部分だと思うんだよね」
と言うのが僕が考えたこの生活の息苦しさの大きな一因だ。
「神託のこともあるし、エリザ個人のことを信じたいって僕自身の意志もあるから、お兄ちゃんでいることに異論はない」
「お兄ちゃん……!」
感激っ、って顔のエリザ。かわいい。
「けど、じゃあお兄ちゃんが妹にお金貰うのっておかしいじゃん? って話になってくるでしょ」
「え、そうかなぁ? でもお兄ちゃんは逆の立場だったら絶対に私のこと助けてくれるよね」
「お兄ちゃんと妹だと話が別だよ、立場の差があるでしょ」
「立場なんて言いだしたら、こっちの世界に来てからの実年齢は私の方がだいぶ上なんだし、保護者でもおかしくない、どころか当然な年齢と立場だけど……」
しまった。すっかり妹として扱ってたせいで、実年齢のことを忘れてた。
「う~ん、お兄ちゃんはいてくれるだけでいいんだけど……どうしてもそれがダメなんだったら、不本意だけど何かの形で働いてもらうしかないのかな」
「え~っと、前みたいに一人で普通に迷宮探索行っていいなら生活費くらい稼げるんだけど……」
「それはダメです!」
「ダメなんだ……」
過保護すぎる……。そりゃ世界最強、神託の剣姫様からしたら僕は頼りないことこの上ないだろうけど、ちょっと悲しい。まぁ実際エリザと会った時の一件も危ないところだったし、強くは出れないところではある。いくら浅い場所で慎重にやっていても何があるか分からないのが迷宮探索だ。かと言って、またルリアさんにおんぶにだっこで雑魚モンスター狩りだと余計な手間をかけさせるだけで意味がない。
「と、とりあえず、僕自身としても、対外的に見ても働いてる感ぐらいは欲しいわけだよ」
エリザとの妥協案を探すつもりが僕自身ダメな言い草になってしまった。そんなつもりじゃないのに。
「うう~ん、無駄な努力だと思うでありますが……もういいではありませんか?」
「そうだよそうだよ、そんなことよりトランプやろうよ! 今朝買ってきてもらったんだ」
ルリアさんの目が完全に聞き分けのない子供に向けるそれになっているし、エリザはエリザで僕の繰り言に完全に興味を失い始めた。これ僕がおかしいの……?