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姉はもういない  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
【 裏 】

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13


 キャロラインは深呼吸して気持ちを切り替え、軽やかに椅子から腰を上げた。


 ――演じる役に入り込む。


 頭が悪く見えるように、滑稽なほどに足運びをバタつかせ、そこら中を歩き回る。


 これを見た父が制止しようと腰を浮かしかけたので、キャロラインは色々な意味でイラッとした。


 ここで止めるくらいの良心があるのなら、クレアの馬鹿をもっと早い段階でなんとかできなかったのか。


 苛立ちを込めてドレスの裾を小気味よく払い、わめき始めた。


「私、決めたわ! この方を私の伴侶にします――ええ、そうよ、今決めた――父様、いいでしょう? 私は彼と絶対に結婚するわ! それが無理なら私、何をするか分からなくてよ!」


 怒鳴るうちに興奮してきて、頬が赤らむのを感じた。


 ……ああ、なんという狂態だろう! 


 天使のように美しいフェリックスが、瞳を見開いて固まっている。


 キャロラインは恥じ入りながらも、とてつもない手応えを感じていた。


 すっかり引いているわね……ええ、そうでしょうとも。演じている自分でも『これはない』と思っているくらいですからね。


 とにかくキャロラインはやるとなったら、とことんやる性分なのである。


 もっと暴力的なところも見せたほうがいいかもしれない……先ほどまで腰を下ろしていた椅子のところまで急ぎ足で戻り、椅子の背を掴んで、それを景気良く引っくり返す。


 ――ああ、かつてないほどに爽快な気分だわ!


 これまで溜まりに溜まっていた鬱憤――父母に対する苛立ち、妹の身持ちの軽さに対する嫌悪、叔父の変態的な行為に対する軽蔑――それらが今沸点に達した。


 すべてを焼き払ってしまいたいくらいに憎らしい。


 彼らに流れる腐った血が、自分の体にも流れているのだと思うと、情けなくって泣けてくる。


 心の中で、怒り、そして泣く。


 心が乱れているからこそ、悪女を演じるのは楽しかった。


 イカレ女の役割は、我ながら嵌まり役だったと思う。自分の地に近いし。


 ――さて、そろそろ最後の仕上げといきましょうか。


「もしも彼との結婚を邪魔する気なら、私は可愛いクレアの顔を傷つけてしまうかもしれないわ! 私は自分自身を抑える自信がないの――だって私はおかしいのだから!」


 妹が汚らわしいものでも眺めるように、こちらに視線を向けているのが分かった。


 ……なんなのだこの女は。ほかの誰に軽蔑されたとしても、この女にだけはそんな目で見られたくない。


 いいこと? あなたが叔父としている行為のほうが、こんなふうに醜くがなり立てることよりも、百倍は醜悪なんですからね。


 しかしきっとどれだけ時間をかけて説教してやったとて、妹には何も響きはしないだろう。フワフワで何も詰まっていない脳味噌なのだから。


 仕事を完璧にやり遂げたキャロラインは、スッキリして自室に戻った。


 ああ、いい気分……とはいえ、ちょっとした心配もなくはない。


 ロッキングチェアに腰かけ、キャロラインは考えを巡らせる。


 客人の前であれだけのことをしたので、精神的に不安定であるとみなされ、監視つきの療養所に放り込まれるかもしれない。


 しかしそれに対する切り札はちゃんと用意してあるから、油断しなければ大丈夫なはず。


 実はキャロライン――今回の縁談に関わった三名家の、破滅級の秘密を掴んでおいたのだ。


 秘密を入手できたのは、口の軽い妹のおかげである。


 情報は、叔父のミンズから情婦のクレアへ、そしてクレアからキャロラインへ……という流れで伝わった。


 叔父のミンズは持ち前の財力とコネを生かして、実兄――つまりキャロラインの父の弱みをがっちりと握っていたのだ。それは女性問題から帳簿上の誤魔化しに至るまで、多岐にわたっていた。


 しかも抜け目のない叔父は、ノウルズ家の弱みも押さえてあった。


 ノウルズ家は長男のフェリックスは清廉潔白、公明正大な人物であるようだが、彼の父親は深刻な問題を抱えている。


 父親のノウルズ伯爵は、暴力的な気質でとにかく女に対してだらしがない。手を出してはいけない相手にも手を出していたようで、お相手の名前を聞いたキャロラインは、驚きのあまりしばし絶句したほどである。


 これらの両家当主の秘密を調べ上げた叔父は、このバレたら即破滅の醜聞を、よりによって自分の女――つまり共寝したまだ幼いクレアに、得意気にペラペラと話して聞かせたらしいのだ。


 なんとまぁ愚かな男だろう。


 クレアはクレアでまた信じられないくらいに口が軽いので、仕入れたネタをすぐにキャロラインに報告してきた。その時の妹の顔は得意げで、「こんな秘密を知っている私ってすごいでしょ」と言わんばかりだった。


 キャロラインはクレアに、「口が裂けても、この件は誰にも話すな」と口が酸っぱくなるほど何度も言い聞かせなければならなかった。


 妹は口も軽く、頭もスカスカなのだが、厳しく何度も反復して指導すれば、たまにはちゃんと響くこともある。


 特にこの件は、「もしも秘密が外に漏れたりすれば、当家は破滅でお前は今後嫁にも行けないし、ノウルズ家のほうも没落して、フェリックスはホームレスになるだろう」と具体的に話して聞かせたものだから、「この件は絶対に口外しない」といつになく神妙にクレアは頷いたのだった。


 キャロラインは父とノウルズ伯爵の後ろ暗い秘密を書面にしたため、ついでに叔父が当時十三だった姪っ子に手を出したクズであることも追記してから、しかるべき所に預けておいた。


 この先、療養所に放り込まれそうになったら、この書面の存在を明らかにして、「私に何かあったら、すべてが公開されるようにしてある」と身の安全を確保するつもりである。


 しかしこれを使う可能性は限りなくゼロに近いだろう。


 というのも、父はなんだかんだキャロラインに対して甘いからだ。


 キャロラインのきつげな顔立ちは亡き祖母に似ているのだが、父はマザコンの気があったようで、昔からキャロラインに対して歪んだ愛情を抱いていたらしい。


 父が分かりやすく溺愛しているのは妹のクレアなのだが、キャロラインがどんなに迷惑をかけたとしても、結局長女を許してしまうのが、父なりの愛の証でもある。


 キャロラインはある意味では、妹よりも父から愛されているのかもしれなかった。


 父はキャロラインを前にするとまともに目も合わせられず、自然に話しかけることもできない。そのさまはまるで、好きな子を前にして挙動不審になっている思春期の男子のようだ。


 もしかするとこの父の歪んだ愛情が、キャロラインの奔放な行いがずっと矯正されずにここまで来てしまった、大きな要因であるのかもしれない。


 父親が幼い頃からキャロラインを毅然と躾けていたのなら、彼女はここまで常識から外れた獣道を歩むこともなかっただろう。



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