11
キャロライン、フェリックス、ともに十五の春――
父が書斎にキャロラインと妹のクレアを呼び出し、藪から棒にこんなことを言い出した。
「当家とノウルズ家のあいだに、縁談が持ち上がった。ノウルズ家の長男は見目麗しく将来有望で、魅力的な少年だと聞く。お前たちのどちらかが、彼と結婚するんだ」
これを聞いたキャロラインは呆れ返ってしまった。
当家は家柄こそ立派であるが、その内情は火の車である。
一方のノウルズ家はお金に困っているという話も聞かないし、縁談相手だというそのご子息は、「あのノウルズ家の父母から、なぜあんなに良い子が……?」と首を傾げたくなるくらい、出来の良い子供と評判だった。
彼は女の子から人気があり、かといって顔だけの半端者というわけでもなく、性格も良いのだとか。
社交界に出ていない半引きこもり状態のキャロラインにまで、彼の輝かしい評判が聞こえてくるくらいだから、実物は相当すごいに違いない。
そんな優良物件と、当家のケチのついた娘のどちらかが結婚?
――いや、いや、いや、ありえないでしょう。
こんな不良物件を押しつけられるだなんて、彼が可哀想すぎる。
当家は長女である自分もひどいのだが、妹もかなり問題。
妹のクレアは見た目こそ儚く、菫の花のように素朴で清純に見えるのだが、その実、十四歳にして彼女は、女が生涯経験するであろう、ありとあらゆる出来事を、出産以外はすべて経験し尽くしたんじゃないかというような娘だった。奔放を絵に描いたような、そんな存在。
何しろクレアは恥知らずにも、父の弟――叔父と肉体関係を持っていたのだから。
ふたりの関係が始まったのは、もう一年ほど前になるだろうか。当時妹は十三歳だったはずだ。
クレアは二十四も年が上の叔父にぽぅっと熱を上げ、体もまだ未成熟なくせに、猛アタックを開始した。まったくこの女はやることだけは一丁前なのだ。キャロライン気づいた時には、ふたりはすでに男女の関係になっていた。
これについては叔父も叔父であり、子供体型の甘ったれた姪っ子に粉をかけられて、すぐにその気になるだなんて、どうしようもない恥知らずだとキャロラインは思っていた。
何度もやめさせようとしたし、きつく妹を叱ってもみた。けれど頭のネジが飛んでしまっている彼女には、なんの言葉も響かない。
こちらが何か言うたびに、妹は悲しそうな顔をしてみせ、シュンとうな垂れて、『どうしてそんな意地悪を言うの?』という態度で、こちらを悪者に仕立ててやり過ごす。
それではと手法を変え、優しく彼女に寄りそうようにアドバイスしてみても、『ああ、私って人気者ね! だって変わり者のお姉様にまで、こんなふうにかまわれてしまうのだから』という謎のポジティブ思考を発揮し、彼女はどうあっても我が身の奔放さ、馬鹿げた生き方を省みることはない。
最終手段として、父に彼らの爛れた関係を訴えてみたのだが、これもキャロラインにとっては期待外れの結果に終わった。
父は弟に多額の借金をしていて頭が上がらないらしく、
「そんな馬鹿なことがあるはずない」
と目を泳がせながら、下手にとぼけるばかりだったのだ。
もう勘弁してほしい。父親が馬鹿娘の矯正を放棄したら、代わりに誰がそれを引き受けるというのか。
キャロラインは父のこの小狡い生き方に反吐が出そうになった。
母は母でフワフワお気楽、考えなしなところがあって、まったく頼りにならない。もしかすると頭に脳味噌ではなく、綿菓子でも詰まっているのではないか? と疑いたくなるくらいだ。
母は楽しい空気が流れている時は機嫌良く過ごしていられるのだが、妹の矯正について訴えると、
「キャロラインはどうしてこんな親不孝な娘に育ってしまったのかしら……」
そんな呟きを漏らして、悲劇の主人公ぶる。
――と、こんな具合に、妹、父、母――全員がイカレているので、今回持ち上がった問題だらけの縁談について、相談できる相手が誰もいない。
どうしよう……どうしたら……
キャロラインは頭を掻きむしりながら、気が狂いそうになった。
とにかくはっきりしているのは、なんの罪もないノウルズ家の立派なご子息を、頭も股も緩い妹と結婚させるわけにはいかないということ。
ならばいっそ、自分が名乗りを上げるか……? そう考えてすぐに頭を横に振る。
それでもだめ。ありえない。
見た目だけなら、まぁ……おそらくそう悪い部類ではないだろう。
ほとんど社交の場に出ないので、誰かから「美しい」だとか「可愛い」だとかの直接的な褒め言葉を受け取ったことはないのだが、この顔も少々きつげなところを除けば、そうひどい造作はしていないはずである。
しかしいかんせん、中身に問題がありすぎる。
キャロラインは昔から妙に聡く、大人の言うことの点と点を結び合わせて、彼らが決して掘り返されたくない、秘された真相を嗅ぎつけてしまうところがあった。
つまり彼女は、大人にとっては厄介極まりない存在だったのだ。
世間一般では名士で通っている人が相手であっても、キャロラインは容赦しない。その鋭い洞察力で、その人物が隠し持っている本質を見抜いてしまう。
そうして見抜くばかりでは飽き足らず、そのものズバリをわざわざ公衆の面前で暴露して、相手に恥をかかせたりすることがあったので、キャロラインは底意地の悪い、とんでもない問題児だというレッテルを貼られてしまった。
それで周囲とトラブルになった時に、自らの露悪的な部分をセーブしようかと考えたのだけれど、よくよく検討した結果、あんなクズたちに遠慮して、正しい側が我慢するのはおかしいじゃないかと開き直ってしまった。
――キャロラインのターニングポイントはきっとここにあったのだろう。
彼女の短絡的思考は、年若さ、それから父母の教育の至らなさが原因である。キャロラインは『率直さは美徳』だと信じ込んでいて、自身が品のない行いをしていることに気づいていなかった。
ひとつひとつは小さな出来事であっても、塵も積もれば山となるというやつで、キャロラインは社交界一の変わり者と呼ばれるようになっていた。
こうした現状を考えると、やはり自分はフェリックスに相応しくない。
というかフェリックスは前途有望な少年なのだから、彼に釣り合った、素敵なご令嬢と結ばれるべきだ。
ああ……なんということだろう。
自分のこの細い両肩に、フェリックスの人生がかかっている。この先、キャロラインが正しい行動を選択しなかったら、なんの罪もないフェリックスの未来が閉ざされてしまう。
……私にそんな大役が務まるだろうか?
いえ――務まるかどうか? じゃない。 ――やるのだ。覚悟を決めろ。
キャロラインは斜め上に振り切れた歪んだ正義感から、このクソみたいな縁談をぶち壊してやることにした。
今度の休みにフェリックスがやって来て、顔合わせをし、キャロラインかクレア、どちらを伴侶にするか決めると聞いた。
その時に仕かけてやる。やるなら徹底的にやってやる。
キャロラインは表向き父母に対して従順な態度を取り、来たるXデーを楽しみに待つことにした。




