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手紙のこと  作者: ひろゆき


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 一  逢  ~ さまよう想い ~ (7)

 焦っていると、何もかもが自分を邪魔する壁でしかなかった。

 次の日。これまでなら、連日続くバイトに滅入りそうになるのだが、帰り道の瑠香のと時間を考えると、まったく億劫にならず、気持ちは楽になっていた。

 ただ、この日だけは司を囲む状況が違っていた。

「それって、大丈夫なの?」

「ーーえっ? やっぱ、ダメ?」

「だって、器物破損でしょ」

 できれば、勤務時間を終えてタイムカードを切ると、すぐにコンビニに行きたかったのだが、先輩の誘いに捕まってしまい、従業員の休憩室で世間話につき合わされてしまった。

 学校の制服に着替え終わってはいるのだが、抜け出すタイミングを失ってしまい、三十分は経とうとしていた。

 話を仕切っている先輩は、司が苦手とする人物であり、本当は無視をしたかったが、それもできずに、学校の制服のままロッカーに凭れ、話に耳を傾けるしかなかった。

 我慢しろ。

 視界の片隅で壁掛けの時計を眺めながらも、くだらない話に苛立ちをグッと堪え、平静を装うが、内心では焦りだしていた。

 感情が表情に出ていなければいいのだが。

「つい酔った勢いでさ。やっぱ、ダメ?」

 先輩の一人で、専門学生の林という男性が、ため息交じりでこぼした。この人物が司の苦手とする人物である。

 隣で呆れて話を聞いているのは、多田という女性のバイト仲間。

 彼女はフリーターで、司のシフトのなかでは、一番の先輩であった。ショートボブを栗色に染め、普段から目がキツネみたいに吊り上がり、鼻筋が高い女性であった。

 瑠香とはまた違った落ち着きを放つ人物で、普段からバイト仲間をまとめるリーダー的存在であった。

「当然でしょ。だって、公園の街灯よ。公共のものなんだから」

 多田に強い口調で嗜まれた林は気が荒く、お調子者のところがあり、後先考えずに進む、イノシシみたいな人物であった。

 今も多田によって、林は自分の行いを嗜まれていた。

「ノリでさ。石が当たるかやっていたら、つい、俺のが命中して……」

「それで、あとはどうしたんですか?」

 林の話では、公園内の街灯に石をぶつけて壊したらしい。林を苦手としながらも、一大事だとわかり、司はつい聞いてしまった。

「……いや、逃げたけど」

「うわっ。サイテーッ」

 正直、司でも低俗な反応だとため息をこぼしていると、多田は素直に感情を声に出して軽蔑する。

「どうしたら、いいと思う?」

「知らないわよ、そんなの。とりあえず、警察に連絡すれば」

 反省の色もなく、あたかも笑い話で済まそうとしている林の無責任な話はしばらく続き、ようやく解放されたのは、さらに十分ほどが流れてからだった。


 今日は残業?

 何かあった?

 今日は無理?


 といった、瑠香の心配する言葉が司のスマホに送られていた。すべて、林と多田との会話中に届いていた。

 互いの連絡先はすでに交換していた。林の会話を聞いているなか、ズボンのポケットに入れていたスマホはよく鳴っていたらしい。一度も司は対応できないでいた。


 ごめん。ちょっと、遅れた。


 時間が経っても一向に“既読”にならないのを見て、瑠香はどう思ってしまうのか、と不安に駆られながらも返事を送り、足早にコンビニに向かった。



 運動が苦手な司にとって、コンビニに着いたときには、肩を大きく揺らして息をし、口からは乱暴に息が抜けていた。

 慌てて額の汗を腕で拭いながら、窓越しに店内を覗いてみた。

 コンビニに着いたのは、普段よりも一時間近く遅れていた。店内を見渡してみても、瑠香の姿はおろか、お客の姿はなく、レジカウンターの奥に立つ、店員の姿しか見当たらなかった。

 窓に反射した自分の姿に、焦りを通り越して白けてしまう。

 汗を拭ってみても、体内から逃げ出そうとする汗が次々に沸き上がり、前髪がべっとりと額についてしまう。

 瑠香の姿がなく、絶望に打ちひしがれたような、惨めな表情を目の当たりにして、疲れが吹き飛んでしまった。



 直接、瑠香に連絡もしてみた。しかし、瑠香は怒っているのか、出てくれることはなかく、耳元では淡々と呼び出し音が鳴り続けているだけで終わった。

 帰り道、自分がどれだけ情けなく背中を丸めて歩いていたのか、容易に想像はできた。

 足首に重い鎖を巻かれ、泥沼を歩いているみたいに足取りが重く、家に着くのがいつもより遅くなっていた。

 大げさだが、一つため息をこぼすほどに、一年寿命が縮まるようなダメージを司は受けてしまった。

 家に着き、散らかった自分の部屋でもう一度、瑠香に連絡をしてみた。やはり、直接話をして謝りたかった。

 着替えを終え、ベッドの上で胡座を組んで白い壁に凭れながら、じっと繋がるのを待った。

 時間的には日付がすでに変わっていたが、スマホを強く握り、じっと信じていた。

 が、一向に繋がらなかった。静かにスマホを耳から放し、明日学校で謝るか、と通話を切った。

 どうしているの? 言葉が届かないって怖いよ。

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