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手紙のこと  作者: ひろゆき


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 一  逢  ~ さまよう想い ~ (6)

 期待を抱くことは悪いのかな? 二人の微妙な関係に。

 二人の時間は一ヶ月がすぎようとしていた。梅雨が静かに歩み寄る六月の上旬。週に三度ほどの時間。二人の自宅は、バイト先の最寄り駅で、逆方向になっており、コンビニから最寄り駅までの時間を楽しんでいた。

 司にとっては、楽しい時間であったが、物足りなさを拭えないのも事実である。

 もっと喋りたい。もっと一緒にいたい。

 友達? 恋人? 二人の関係を問われれば、微妙な関係だと答えるしかなく、それが司にはもどかしかった。

 少なからず、司の心境に瑠香に対する好意が熱く溢れていた。時折、強く吹く風に髪が揺れ、もどかしそうに手で押さえる横顔を見ていると、嬉しさのなかに、息が詰まるような苦しさもあった。

 けれど、司には気持ちを伝える勇気もなく、ただゆっくりと静かに歩き、他愛もない会話を続けるしかなかった。自分の未熟さに嫌気を差しながら。



 何気ない会話を繰り返しているうちに、ふと会話が途切れ、二人の足音だけが高く響いていた。二人が別れる駅のそばにある商店街。

 今日は暑かったから、二人してアイスを買って食べ歩いていた。

 時間も遅いので、アーケードの明かりは灯されているが、どの店もシャッターが閉められ、通路は閑散としており、静けさとすれ違っていた。

 惣菜屋、八百屋、魚屋、婦人服と、昔ながらの店舗が軒を並べていたが、夜となれば、どこかのゴーストタウンを司はイメージしてしまった。

 さっき買った完熟メロンのアイスが意外に美味しいと満足していると、隣で歩いていた瑠香が、おもむろに足を止めたので、つられて司も足を止める。

「ーーどうしたの?」

 思わず声をかけると、瑠香はワッフルコーンのソフトクリームを食べながら、じっとシャッターの閉じた店を眺めていた。

 体を反らしてみると、そこは一軒の家具屋で、赤いシャッターに店名と電話番号に、営業時間、定休日が白く印字されていた。無論、営業時間はすでに終えている。

「この店に何かあるの?」

「ねぇ、竹内くんって誕生日っていつ?」

「ーーはい?」

 前振りもない問いに、司は間の抜けた様子で目を点にするが、瑠香は想いのほか、目をクリッとして本気で聞いていた。

 ワッフルコーンを一口頬張り、「ねぇ」と促され、

「七月二日」

「へぇ~。じゃぁ、もう少しじゃん」

 自分の誕生日を答え、さほど遠くないことに目を輝かせる瑠香に対して、司は首をすくめ、眉間にシワを寄せて険しい表情で唸った。

「どうしたの? 嬉しくないの?」

「七月だよ。よく考えてみなよ。その時期」

 浮かない様子の司に瑠香が問うと、司はさらにかぶりを振った。

「あ、そうか。その時期って期末テストの……」

 口を一文字に閉じて考えていた瑠香が、何かに気づくと、司は無言のまま強く頷いた。そのまま頭を地面に落としそうな勢いで。

「中学のときから、どうしてもテストが重なって、そっちの嫌な思いしか残ってなくて。あんまり、いい記憶がないんだよね」

「いいじゃん。テストの日は早く帰れるんだし。そう考えれば」

「そうかな」

 自慢できるような思い出がなく、渋っている司を、嫌いな動物の前で怖じ気づいている子供を見るように、瑠香はケタケタと笑っていた。

「じゃぁさ、テストの前の日に、プレゼントしてあげようか?」

 何気ない提案に司は顔を上げた。提案の意図が掴めずに、能面みたいな無機質な目を開いて。

 それは、砂漠の奥深くに撒かれた花の種に、一滴の水が与えられたような心地よさと、嬉しさが司の心臓に熱を与え、脈を強める。

 嬉しさが見透かされないように、平静を装うとするが、下心が司の頬を不自然にほころばそうとした。

「ーーえっ?」

 気の利いた返事をしたかったが、屈託ない笑顔はすべてを吹き飛ばしてしまい、間の抜けた返事しかできなかった。

「ここの家具屋さんに、ピエロがいるの」

 動揺が司を蝕み、硬直しているのをよそに、瑠香は立ち止まった先の店先に顔を向けた。

 ようやく我を取り戻した司は、思わずアイスを頬張った。これ以上動揺を悟られたくなくて。

「ーーピエロ?」

「そう。ここの店の正面にね、小さなピエロの人形があるんだ。それが可愛いの。まぁ、今はこうして閉まっていて見えないけどね」

 赤いシャッターを眺め、残念がる瑠香。花がしぼんだようなその暗い横顔に、アイスを持っていた司の右手がふと止まった。

「あれ? なんか、ちょっとおかしくない?」

 瑠香の話が一つ突っかかり、聞き直した。すると、「何が?」と平然と受け流されてしまった。

「だって、僕の誕生日のこと話していたよね」

「そうだよ。だから、そのピエロをあげようかって話」

「いや、いや、いや。お前の好きな物って。普通、僕の好きな物とかが貰えるんじゃないの?」

「あれ、変? 結構可愛いんだよ。黄色い服を着ててさ。どこか間の抜けた顔もしていて」

「いや、だから」

 二人の間に小さな竜巻がでも起こそうかという勢いで、司は左手をブンブンと振って否定したが、瑠香は自分の考えに納得したみたいに、声を上げて笑い続けた。

 一方的に進められる話に置いてけぼりなり、呆気に取られると、うなだれるしかなかった。

 嬉しさが空気に吸い込まれていくなか、瑠香のカバンにぶら下がっていたピエロが視界に入った。

 ピエロが好きなの?

 と、聞いてみようかと、喉の奥にまで出てきたのだが、自分が茶化されている気がしてしまう。

 しかし、大好きなお菓子を貰った子供みたいに、無邪気にアイスを食べている瑠香の姿に、なぜか悪い気はしなかった。 

 からかうのって、面白い。でも、誰にでもそんなことを言うつもりはないんだよ。

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