三 花 ~ 覚めない心 ~ (6)
知らなかった、じゃ許されないんだよな。
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信じろと言われても、信じるのは容易にはできなかった。瑠香からの悲痛な告白は、あの日駅前で別れた日のことまでが綴りられていた。
すべてを読み終えたあと、頭のなかは記憶すべてを掃除機か吸い込んでしまったんじゃないか、と疑うほど真っ白になっていた。
だからこそ、確かめたかった。
「お姉ちゃんは、絶対に無理をしていた」
約束の場所で放たれた言葉に、司は息を呑む。
瑠香の手紙に自分の手紙を紛れ込ませていた瑠香の妹、山崎璃香の声。しかし、司はまだ疑いの眼差しを注いでしまう。
文面に書かれていた以上のことが知りたくて、指定された公園に来ていた。
「お姉ちゃんは悩んでいたのよ。あんたに会うべきかどうか。それで私が無理をしないで、手紙でも書けばって言ったの。私が代わりに渡してあげるからって。それに、どうしても、あんたに言っておきたかった。だから、お姉ちゃんに黙って、もう一通私の物も加えておいたのよ。あの男の子に手紙を渡したのは、私もちょっと、あんたに会うのが怖かったのかもしれない。まぁ、本当に今日来るとは思わなかったけど」
「……知りたかった」
「お姉ちゃん、あれから、スカートとか、肌を出す服を着ることがなくなったのよ。なんでか分かる?」
薄れていた記憶が蘇ってくる。あのとき、確かに夏なのに長袖を着ていた。
「怖かったのよ。肌を出すことが」
「じゃぁ、顔が見えないっていうのは?」
「あの日からずっとね。PTSDよ。今でもまだ病院に通ってる」
「じゃぁ、病院であいつを見たって噂は本当だったのか」
「ーー噂?」
「あぁ。病院であいつを見たって学校で聞いた」
「あぁ、それね。多分そうよ。まぁ、半分は私だろうけど。私、お姉ちゃんの付き添いで何度か一緒に行っていたことがあったのよ。そしたら、何度か呼び止められたことがあって。人違いだって言っても、あまりにしつこいから、無視することもあったから」
あぁ、と頷いてしまった。確かに、目の前の璃香ならば、素っ気ない態度を取りそうだと納得してしまう。
「そして、あんたを見かけたときだった」
そこで、璃香は眉間にシワを寄せる。
「診察が終わって、会計をしているときだった。隣で座っていたお姉ちゃんが、急に首を伸ばしてあんたを見つけたの。きっと顔は見えていなかったはずよ。けど、通路を歩いて病院を 出ようとするあんたに、「竹内くん」って弱々しく言ったのよ」
璃香はどこか、司を責めるようにまくし立てる。
「嘘でしょ、って言っても、お姉ちゃんは疑わなかった。癖があるって。それは、顔が見えなくても分かるって。それで、私はあんたの顔を知らなかったから、名前を叫んでみたのよ。どんな奴だろうって」
話を聞いて息が詰まってしまう。そのときのことは覚えている。焦りと期待で一杯一杯だったとき、自分の名前がどこかからか叫ばれたことも。
瑠香に呼ばれたんだと振り返り、見つけられなかった悔しさも蘇り、心が握り潰されそうに痛んだ。
どうやら、叫んだのは目の前の、険しく目尻をつり上げる璃香だったらしい。
伝えてよかったのかは、今も分からない。でも、間違っていないと信じたい。




