表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手紙のこと  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/37

 三  花  ~ 覚めない心 ~ (5)

 ようやく、ようやく会えた……。

               4



 黄色い服を着て、マラカスを持ったピエロが膝の上で笑っていた。ピエロから目線を上げて左を眺めると、街の光景が横に流れていく。

 人気のガールズバンドの曲が車内に響くなか、瑠香は歩き慣れていた街並みを、母親の運転する赤い軽自動車に乗り、司の待つ駅へと向かった。

 土曜日の朝。司と会う決心をした瑠香であったが、約束の前にあの家具屋に寄り、うまく話せるお守り代わりにと、ピエロを買って駅へと向かっていた。

 直接会えば顔は見えるだろうか、と不安が尽きないなか、車はすでに駅のそばに来ていた。 

 一人でここまで来るのは怖かった。すれ違う男性にビクビクして、挙動不審になりそうで。

 璃香が一緒に行こうかと提案してくれたが、司には双子だと言ったことはなく、困惑されるのも嫌だったので、「大丈夫」と断り、母親に連れて来てもらった。

 車中から見える、歩行者の男性はやはり顔が曇っており、自信が削られるなか、駅が見えた。

「ロータリーに入るね」

 母親の声に頷きながら、駅前の改札口を眺めたときだった。瑠香の胸に、大きなボールをぶつけられたような、衝撃を受けたのは。

 竹内くん……。

 階段のそばにある壁に凭れ、スマホをいじっている男性を眺め、この人物が司なんだと直感した。

 本人は気づいていないだろうが、司は立つときに必ずと言っていいほど、足をクロスして右足を前にしている。それに、まっすぐ立っているつもりでも、なぜか少し傾いていたのだ。

 私服姿を見るのは初めてだったが、癖を見て瑠香は確信した。ただ残念なのは、司の顔は闇に邪魔されて見えなかった。

 車がロータリーで止まり、瑠香は重たい足取りで外に出た。

 ゆっくりと司に寄っていくが、司はまったく気づいてはくれない。

「ーー竹内くん」

 一度呼びかけるだけでは気づいてくれなかったが、二度目によって、ようやく気づいてくれた。

「山崎…… なのか?」

 表情は見えなかったが、司の口調から混乱しているのは伝わってくる。

 当然よね、と瑠香は納得してしまう。突然、耳が出るほどに髪を切り、夏が近づいているのに長袖を着ているのだから。

 司に会えて本当に嬉しかった。それなのに顔が見られず、司の感情が掴めない寂しさや悔しさが、自分に体する苛立ちになり、瑠香は素っ気ない態度を取らせてしまった。

 司は心配して声をかけてくれる。でも、瑠香はたどたどしく返事をするしかできない。

 ごめん。うまく話せない。

 何度も心のなかで謝るのだが、言葉が声になってくれない。

 次第にオドオドし始める司に、いたたまれなくなった瑠香は、最後に自分の気持ちを伝えた。

「……好きだよ、竹内くん」

 ずっと言えなかった気持ち。

 こんな形で言いたくなかった。 でも、今言わなければ、きっと後悔すると、心で微かに燃える感情が警鐘を鳴らす。

 もう二度と司と会うつもりがなかったから。

「でも、だから、さよなら」

 胸を包んでいく優しさを拒むように瑠香は絶つ。

 声を震わせ、慌てて理由を聞く司に、瑠香は黙る。

 教えたくなかった。知られたくなかった。何があったのかを。自分がなぜ、殻に覆わなければいけなくなったのかを。

「私は死んだの」

 この答えが一番的確だと思えた。そう、今ここにいる自分は、もう感情を捨てた屍と同じなんだと。

 ここにはいられない、と、瑠香は体を反転させ、司からの離れた。もう振り返りはしない、と自分を強く奮起させて。

「ーー待ってっ」

 後ろで懸命に叫ぶ司に、瑠香は心を痛めたが、決して振り返らなかった。

「今度の花火大会、行こうっ」

 うつむいていた顎が、咄嗟に上がろうとした。以前、会話の流れで誘われていた。半分は冗談なのかと思っていたが、改めて言われると、目頭が急に熱くなった。

 それでも瑠香は足を止めず、車のそばに戻ると、逃げるように乗り込んだ。

 助手席に座り、膝の上に抱えたピエロが微笑み返す。無垢な笑みを眺めていると、瑠香の口元は次第に震えていた。

 ややあって、母親が運転席に乗り込んだ。

「……もう、いいの?」

 そっと問いかける母親に、瑠香は無言のまま小さく頷いた。

 車にエンジンがかかり、ゆっくりとロータリーを抜けていく。きっとサイドミラーは、司の姿を捉えているだろう。けれど、瑠香は顔を上げられなかった。

 車内では、今度は歌姫と呼ばれるシンガーソングライターのバラードが流れるなか、瑠香はピエロを抱きかかえたまま、頭をうずくまらせた。

 曲は失恋曲。サビの部分になったとき、堪えていた涙が一気に頬をぬらした。

 我慢していたはずなのに。

 あのとき、一生分の涙が溢れ、もう涙はこぼれないと思っていたのに、嗚咽とともに車内に瑠香の悲しみが木霊した。

 会えたのに、やっぱり見えない……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ