三 花 ~ 覚めない心 ~ (3)
そうやって、普通に話してほしかった。ちょっとしたことでも……。
「髪を切る?」
突然の告白に、璃香は憤慨して口を尖らせた。
今朝母親に誘われ、ランチに出かける前に、久しぶりに洗面台の前で髪を整えようとしたときである。
髪はボサボサで、以前はそれなりに潤いも艶もあり、髪には自信があったが、そのすべてが消え去っていた。
何より、鏡に映る膨らんだ髪のなかから、大きな目が見据え、自暴自棄になっている己の弱さを自分の姿が訴えていた。
だからこそ変えたかった。
髪を切れば変われるかも、と考えてしまった。
「何、バカなことを言ってるのよ」
それでもまだ決心がなく、璃香に相談したのだが、璃香は憤慨して声を荒げてしまう。
「だって、そこまで伸ばしてんじゃん。お姉ちゃん、髪質いいのに、もったいないって」
瑠香は璃香より髪が長く、それを切るのを惜しんで、一歩も引こうとしなかった。
ソファに座り、腕を組むと璃香は瑠香を威嚇する。
「大体、なんで切ろうと思ったの?」
「……髪を切って、イメージを変えれば、気持ちも変われるかなって……」
事件の夜、逃げようともがいていたとき、体を押さえ込もうと、髪も引っ張られていた。その記憶も捨てたいのと、当時の姿も消したかった。
が、自分の顔に嫌気が差したことは白状しなかった。自分の顔を否定すれば、双子の璃香も否定してしまいそうで、自重した。
「そんなの関係ないよ、もったいない」
璃香に言われて、瑠香は顔を上げて瞬きをすると、璃香は駄々をこねる子供みたいに、頬を膨らませて紅潮させる。
「ねぇ、なんでそこまで嫌がるの?」
そこまで拒むのか疑問に思い、瑠香は首を捻った。
「だって、そうじゃん。もしも髪を切って、それが似合わないってことは、イコール私も似合わないってことになるじゃん」
璃香は右手の人差し指を突き上げ、自分と瑠香とを交互に指した。
「お姉ちゃん見てて、私も伸ばそうかなって悩んだこともあったのに、似合ってなかったら嫌じゃん」
璃香の反論に、瑠香は呆気に取られて、目を点にした。
「ねぇ、それって私のことを心配してのことじゃ……」
「ーー全然」
おくびにもせず、まったく悪びれることもなく、璃香はかぶりを振る。
何も変わらなかった。璃香は事件の前も後も何も変わらず、自由奔放に接してくれていた。
何も変わらずに接してくれるのは、瑠香にとって何より嬉しかった。だからこそ、家族の前では、普段の姿に早く戻らそうな気になっていた。
しかし、璃香の反論には納得できない。
「ーー私、やっぱり切る」
むくれる璃香に対して、瑠香は強く宣言すると、璃香は口をへの字に曲げ、「う~ん」と唸ったあと、渋々といった様子で、一度頷いた。
「じゃぁ、私が髪型選んであげる。似合いそうなの」
璃香はそれまで怒っていたのが嘘みたいに、満面の笑みを浮かべると、そばに置いていたピンク色のカバーをつけたスマホを拾い、操作をし始める。何かのアプリを起動させたのか、検索し始めた。
よからぬことを考えているような、不敵な笑みに不安が積もり、つい首を伸ばしてスマホを覗こうとした。
すると、璃香は体を反らして拒んでしまう。
「ねぇ、もしかして、璃香の好みの髪型考えて、私で実験しようとしてない?」
「当然」
悪びれることなく即答される。「もうっ」と呆れる瑠香に、「大丈夫、大丈夫」と手の平を見せて制してきた。
「大丈夫。私に似合うってことは、お姉ちゃんにも似合うんだから」
「……ったく」
反論するのも疲れてしまい、ベッドの上に座り直した。瑠香が離れたことによって、璃香はスマホの操作に集中した。
「あ、そう言えば」
そこで璃香は手を止め、瑠香の顔を見上げた。
「竹内くんって、言ったっけ。いいの? 会わなくて」
それまで楽しかった時間だったが、一気に息が詰まってしまった。触れずにいようと、逃げていた核心に。
どうするべきか悩み、視線を宙に彷徨わせていると、璃香もそれまでと違い、真剣な眼差しを注いでいた。
「髪、切るとか言わないの?」
璃香の問いに答えられず、膝を抱えてしまう。
「……いいんだ」
「……でも、好きなんでしょ?」
「まだ、告ったわけじゃないし」
思わず苦笑してしまう。
もうずっと会っていなかった。ふと、懐かしさが胸を締めつけ、司の顔を浮かべた。
「……あれ?」
ちょっとした違和感が胸を掻き乱した。
「どうしたの?」
「ううん、いいんだ。もう会わなくて。ってか、会えないし」
気持ちとは裏腹の言葉が出てしまう。
それでも瑠香は気丈に振る舞った。
何かを変えれば、少しは気持ちが落ち着くと思ってた。




