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手紙のこと  作者: ひろゆき


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 一  逢  ~ さまよう想い ~ (2)

 どうして? 何か間違っていたのか? なぜ、そんなことを言うのか?

 どうやら、車から降りたのが瑠香だったらしい。視線を車に向けると、運転席側に一人の中年の女性が立って、こちらを眺めていた。遠くからでも、神妙な表情をしているのがうかがえた。瑠香の母親だろうか。

 今の状況が嘘だと願いつつ、瑠香に視線を落とした。しかし、そこには髪を切っていても、どれだけ目つきが鋭くなろうとも、瑠香が司を見上げている。

 突然吹いた風を、面倒そうに手で押さえたり、前髪を指でねじったりする仕草が司は好きだった。だからこそ、衝撃的な姿にたじろぎ、言葉に迷ってしまう。

「……あの、えっと、久しぶり」

 途切れながらようや出た言葉。当たり障りのない言葉が逆に乱暴に聞こえてしまう。

 さらには、顎がぎこちなく強張っているのを、痛感せずにはいられなかった。

 ダメだ、と一度瞬きをして、瑠香の顔を見直した。すると、さっきまで強く睨んでいたはずの瑠香が、どこかぎこちない。こちらを見ているのだが、どこか遠くを見ているようで、まるで焦点が定まっていないみたいだ。

「久しぶりだね。ごめんね。連絡入れなくて」

「いや、それはいいんだ」

 やはりどこか様子が違う。瑠香の口調はとても単調で、抑揚がなかった。

「いや、こっちもごめん。あの日、バイトの先輩に捕まって、全然帰れなかったんだ。それでコンビニに遅れて。ごめん」

 あの日、遅れたことを謝りたかった。

「ーーあの日、ね」

 すると、瑠香は目を伏せて短く吐き捨てる。

「いいよ、別に気にしていないから」

「ーーでも」

 司はあやふやに終わらせたくなかったのだが、瑠香はどこか話を遮るように視線を逸らした。

 よほど怒っているのか、司は何も言えなくなった。

「なんか、この駅も久しぶりって感じだね。私、あれからあまり表に出ていなかったから」

 どこか無理矢理話を逸らした様子も否めなかったが、瑠香は顔を上げ、本当にこの場を懐かしむように辺りを見渡していた。

「もう、ここにも大して来なくなるんだろうな」

「ーーお前、なんで……」

 瑠香は司の顔をじっと伺い、返事を待ってたじろぐ司を見てから、フッと鼻で笑い、

「もう、いいかなって思って」

「いいって、なんだよ」

「さぁ。張り詰めていた糸の上を歩いていたら、落ちちゃったのかな」

「なんで? なんでだよ。理由はなんなんだよ?」

 どうしても声に力がこもってしまう。どこか、責め立てているような司に、顔を伏せてしまう瑠香。

 周りからすれば、司が瑠香を一方的に叱咤しているようだが、それでも司は気にしていなかった。どうしても聞きたかったから。

 自然と息が上がって、肩を一度大きく揺らしたとき、瑠香にそれまでになく、神妙で鋭い眼光で睨んだ。

 すべてを凍らせてしまいそうな冷たい眼光は、冷蔵庫の奥に仕舞われたアイスみたいで、司の体は竦んで固まる。 時間にして数秒程度でしかなかったが、司は数十分も睨まれているみたいな錯覚に襲われた。

 寒気が足元にまで広がっていたとき、今度は雪原にいきなりヒマワリが咲いたみたいに、瑠香は屈託なく頬を緩め、目を細めた。

 目の前の瑠香のそばに、以前の髪の長い瑠香が幻のように霞んで重なった。

 やはり、瑠香自身である。

 髪を切っても変わらないという安心感が、司の心に沈んでいた寂しさを溶かしてくれ、司も目を細める。

「何か、病気でもーー」

「好きだよ、竹内くん」

 瑠香の唇がゆっくりと動いた。

 突然の告白に、衝撃を通り越し、頭が真っ白になってしまう。声が出るまでに数秒かかり、しかも瞬きも忘れていた。

「でも、だから、さよなら」

 置き去りにしていた嬉しさが、ゆっくりと司の熱を上げていこうとしていたとき、瑠香はそっと呟いた。

 ようやく嬉しさに浸れようとしたが、急激に波が引き去り、空しく息がもれてしまう。

「初めて私の名前を呼んでくれたとき、嬉しかったよ。学校じゃぁ私、あまり目立たないし、名前すら覚えられていないのかなって思っていたから。だから、短い時間だったけど、コンビニからこの駅までの時間が楽しかった」

「それは僕も…… 僕もお前が好ーー」

「だから、バイバイ」

 ここしかない、と自分の想いを告げようとしても、臆病さが邪魔をして喉をすぐには通ってくれず逡巡していると、瑠香によって遮断さらてしまう。

 冗談でも言っているみたいに目を細め、目尻を下げる様子に、司もあたふたと目線を左右にさまよわせてしまう。

「ハハハッ…… 何、冗談言ってんの。それともやっぱり、病気?」

 最初は笑い飛ばそうとしたが、これまで学校を休んでいたことを考えると、急に怖くなり、真剣に聞いてしまう。

 しかし、瑠香は静かにかぶりを振る。

「ただ、もう会うことはないと思うの。だから、バイバイ」

 動揺する司をよそに瑠香は吐き捨てる。最後はどこか、投げやりにさえ聞こえてしまう。

 困惑して執拗に額に手を当てていると、おもむろに瑠香はクルリとと反転して背中を見せ、奥で停車する軽自動車へと一歩踏み出した。

「ちょ、待ってっ。理由はなんなんだよ。教えてよ、分かんないよっ」

 辺りの人のことなど気にしなかった。司はどこか、怒りをぶつける勢いで叫んだ。

 バスを待つ人や、通りを歩く人は少なかったが、誰もが突然叫んだ司に注目し、足を止めていた。

 ただ一人、瑠香は振り返らず、小さな背中がより小さくなっていく。

 遠ざかる恐怖に、司の肩が小刻みに震えていく。止まってくれ、と声にならない願いを瑠香に唇を噛みながら放って。

 願いが届いたのか、ふと瑠香の足が止まった。それを見てホッと胸を撫で下ろすと、おもむろに瑠香は振り返る。

 離れた場所で対峙していても分かるほど、瑠香の表情は曇っていた。

 そしれ、何かを躊躇するように唇を噛み、目を伏せていた。何かを伝えたがっているのか、司がじっと待っていると、

「ーー私は死んだの」

 顔を上げた瑠香は、はっきりとした口調で放った。

「ーー死んだって、はぁっ?」

 意味が分からず、前のめりになって真意を問う司だが、瑠香は司の声など聞こえていない素振りで踵を返し、また軽自動車に向かった。

「ーーちょ、待ってっ」

 すぐに走って瑠香を引き留めたいのに、不意に瑠香の険しい表情が頭をよぎってしまい、足が竦んでしまう。

「今度の花火大会、行こうっ。僕、いいところを知っているんだっ。小学校の……」

 どうしても引き留めたくて叫んだが、瑠香の耳には届かず、軽自動車に乗り込んでしまった。

 司の叫びが虚しく空に響いていると、運転席側に立っていた母親らしき女性が申しわけなさげに小さく頭を下げ、車に乗り込んだ。

 そして、呆然とする司を置き去りにして、赤い軽自動車は走り出し、ロータリーを出て行った。

 それ以上、何も言わないでほしい。声が、言葉が痛い……。

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