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手紙のこと  作者: ひろゆき


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 二  悩  ~ ピエロは笑う ~ (15)

 嬉しいんだ。嬉しい。だから、謝る必要なんてない。

              7



 突然、スマホが鳴ったのは、瑠香からの連絡はまう一生ないんじゃないか、と諦めかけた二週間がすぎた金曜日の夜。日付が変わろうとしていたころだった。

 スマホの振動に乗せて、表示されていたのは瑠香の名前。握った手に力が入る。

「ーーもしもし?」

 緊張に押し潰されそうなのを懸命にこらえ、平静を装ったが、途切れ途切れになりそうになった。

「ーーもしもし、竹内くん?」

 第一声を聞き、安堵から目をつぶる。瑠香の声であると分かって。

「分かる? 私、山崎だけど」

「……うん」

「……久しぶり。ずっと、連絡できなくて、ごめん」

 ……ずっと? いや、前に病院で……。

 不意に目蓋を開いた。

「勝手に変な絵を送ってしまってごめんね」

「……それは……」

 八方美人なところ……。

 瑠香の力ない口調に違和感を覚えても、話を進めようとしたが、急に病院での瑠香の言葉が胸に刺さった。

「こっちこそ、この前、病院ではごめん」

「ーー……病院」

「うん。ほら、言い争いになっただろ」

「……あぁ、そうか。うん。そうだね」

 奇妙な間を開けてしまう瑠香に戸惑いながらも、司は続ける。

「ーーねぇ、会ってもらえる?」

 唐突な誘いに、思わず耳を疑い、スマホを強く握ってしまう。

「謝りたいの…… その、会って伝えなきゃいけないことがあるの。ダメかな?」

 瑠香が見えているわけでもないが、司は唇を噛む。司にとっては、嬉しい限りである。

「会う。会いたい」

 安堵の声がもれた。

「ちゃんと話せるか分かんないし、ちゃんと分かるのかも分からないけど」

「ーー分かる?」

「明日の夕方の五指半。○×病院の屋上で」

「病院? この前もそうだけど、お前、何か病気にでも」

「ううん。大丈夫。心配することはないから。じゃぁね。バイバイ」

「あっ、ちょっ、山崎っ」

 まだ話したいことはあった。慌てて声を張り上げるが、すでに通話は切られていた。

 すぐさまかけ直した。

 やはり、様子がおかしいのは否めなかった。どこか話が噛み合わないような違和感が。だからこそ、しっかりと話したかった。

 だが、瑠香に繋がらなかった。



 翌日、指定された通り司は病院に訪れた。正直、あの話のあと、困惑と興奮が入り混じってしまい、寝つけなかった。

 寝不足は学校でも目蓋をを閉じようと邪魔をして、ほとんどの授業は上の空で聞いていた。

 さらに、以前みたいな失敗をしないようにと、考えを巡らせていたために、授業の内容は頭に入っていない。

 病院に着くと、今日も混雑している受付ロビーの前を通り、エレベーターホールへと向かった。

 ただ、ふと足が止まったのは、通路にある窓から見えた、中庭を眺めたときである。

 この病院は三つの建物から、連絡通路を介して繋がったコの字となっており、中心は吹き抜けの中庭になっており、入院患者の憩いの場として利用でくるようになっていた。

 各病棟を繋ぐ石畳の通路や、ベンチも設置され、下段には季節の花が空を見上げている。

 中庭の一角にはテラスもあり、ガラス越しに眺めていた司は、なぜここを選ばなかったのか、軽く疑問を抱いてしまった。

 怪訝に首を傾げる制服姿の自分が、ガラスに反射しているのを見て、疑問を捨てて、再びエレベーターホールに進んだ。



 エレベーターを降りたのは六階。七階が屋上になっており、屋上にはエレベーター横の階段を上らなければいけなかった。

 階段を上り、スチール製の扉を開くと、コンクリート張りの屋上が広がっていた。ここは普段から開放されベンチが数カ所設置されていた。

 しかし、このベンチは直射日光を浴びていて、日に焼かれていた。七月になると、日は高く、まだ空では元気に太陽が輝いていた。

 憎らしい太陽の輝きに眉をひそめ、辺りを見渡す。

 まだ瑠香は来ていない。物陰に隠れていないか、と進んでみたが、やはりいなかった。

 まだ早かったのか、と眉をひそめると、建物から誰かが駆け上がってくる足音が聞こえ、司は振り返る。

 瑠香が来てくれたのか、と。

 すると、階段を上がってきたのは、パジャマ姿の小さな男の子だった。

 きっと、屋上に遊びに来たのか、と司は落胆して深いため息をこぼした。まだ瑠香は来ないらしい。

「お兄ちゃん、タケウチって人?」

 頭を抱えていると、不意に男の子が司に声をかけて近寄ってきた。

「……そうだけど、何?」

 突然呼ばれて瞬きをしていると、男の子は不安げに司の顔を見上げた。

 よく見ると、この男の子は以前、ピエロのイベントが行われていたとき、まったく笑顔を見せなかった子だと気づいた。

「どうかしたの?」

「ーーこれ」

 戸惑いながら聞くと、不意に男の子は水色の封筒を差し出してきた。

 わけが分からず呆然としていると、強要するように封筒を突き出してきたので、渋々受け取った。

「お姉ちゃんが言ってた」

「ーーお姉ちゃん?」

「うん。小っちゃいお姉ちゃんだった」

 ーー それって、山崎なのか?

 手にした封筒を眺め、瑠香の姿を浮かべた。

「「ごめん」だって」

 封筒を眺めていると、男の子が静かに言った。

「ごめんって、ほかには?」

「ううん。それだけ」

「ーーそう、か」

 意味が分からず、つい声を張り上げそうだがこの子は関係がなく、司は頷いた。

 力なくうなだれる司に、男の子は「じゃぁ」と踵を返すと、階段を降りていった?

「……なんでだよ」

 残された司は、誰を責めるわけでもなく、力なくこぼした。



 生暖かい風が司の前髪を揺らした。小さく息を吐き捨て、封筒を開いた。



 竹内くん。突然連絡をして驚かせてごめんなさい。

 本当はあなたと会って、ちゃんと話さなければいけないのは分かっています。けれど、やっぱりまだ怖くてしかたがありません。

 会ってほしいと言ったのは私なのに、勝手なことをして本当にごめんなさい。あのとき、本当に私は、一杯一杯でした。何もかもが怖くて、男の人に会うことさえ怯えていました。

 言ったよね、あのとき。

 私は死んだ、と。

 そうです。私はあの日、死んだのです。



 急患が運ばれてきたのか、地上では救急車のサイレンがけたたましく吠えていたが、司の耳に届いていなかった。

 まるで、深海の奥底の、さらに陥没した海底の溝に突き落とされたみたいに、肌寒く息苦しくなっていた。

 背中に悪寒が走り、手が震えていく。それでいて、サウナにいるように顔には大粒の汗が浮き上がっている。

「なんだよ、これ…… こんな、これって……」

 叫びたいのに、喉に大きな岩が詰まったてしまい、隙間を逃げるように声が途切れてしまう。

 逃げ出したんだよね。卑怯だよね。ごめん……。

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