二 悩 ~ ピエロは笑う ~ (13)
嬉しいはずなのに……。どうしても声が荒くなってしまう……。
「……山崎」
突然姿を現した瑠香は、以前と同じくラフな格好をしていた。
「……お前」
「本当に来るとは思わなかったな」
「思わなかったって、じゃぁ、やっぱりこれ」
声を震わせながら、掴んでいたピエロをかざした。瑠香は答えず、入口の扉の淵に凭れ、腕を組んだ。
小学校の前で会ったときにも感じたのだが、やはり瑠香を目の前にすると、息苦しくなり、違和感が拭えなくなる。
確かに、学校の教室にいた瑠香はどこか近寄りがたく、自分に壁を張って人を拒絶していたが、二人でいたときは、その固い殻を破り、明るく接していたのに、今は壁だけでなく、触れれば血が出てしまいそうな、鋭い刺を覆っているようで、敵意を剥き出しにしているようだった。
まるで、別人のように。
「じゃぁ、やっぱり小学校の屋上にこのピエロを」
「置いたよ。きっと、あんたなら見つけてくれるんじゃないかって思ったから」
……あんた?
「だったら、どうして今になってこんなことを。こんな……」
「こんな? よく言うわね」
「僕は…… じゃぁ、あの花の絵はなんだったんだ。あれもお前だろ? あれは、あんな回りくどい変なことをしてっ」
「ーー変なことっ」
記憶の瑠香と、駅前の瑠香の違いに困惑して、つい声を張り上げてしまう。
これまでの封書の真意も確かめたくて、まくし立てたかったのだが、突如、強い口調で遮断され、瑠香は司を仰々しく睨んだ。
小さな獣が、大きな猛獣に毛を逆立たせ、威嚇しているような剣幕に怖じ気づき、司は口を噤む。
息苦しい沈黙が、二人の間に図々しく居座った。針みたいに肌に刺す痛みに耐えていると、
「やっぱりあんた、そのピエロと一緒ね」
「ピエロと? 何が?」
「違う? 八方美人で、すぐに人の話に合わせて、自分の意見を言おうとしない。この前もそう。他人行儀になって、否定も何もしなかったでしょ」
「だからってなんだよ。じゃぁ、あのピエロは」
「あれは、本心を言おうとしないあんたとよく似てるでしょ。ずっと笑ったままで。だからよ。きっと、あんたは花の意味すら気づこうともしないんだから。少しも、考えを改めようとしないんだから。もうこれ以上、話しても意味がないわね」
呆れた様子で瑠香は吐き捨て、凭れていた体を立て直し、げんなりとかぶりを振った。
「もう、いいわよ。あんたになんの苦しみも分からない」
全身から力が抜けていく。掴んでいたピエロの重りにさえ負け、手を下ろしてしまう。何度か、力を込めては抜いてを繰り返してしまう。
最後にピエロをギュッと強く握った。
「なんだよ、それ。あのとき、急に「さよなら」って言ったのはお前だろっ。僕だってずっと意味が分からないままだったんだ。それなのに意味を分かれって、無茶苦茶じゃないかっ」
これまでの我慢が一気に溢れてしまい、感情に任せて叫喚してしまった。
通路を去ろうとしていた瑠香は司の叫びを受け、小さな背中を止めた。
振り返ることなく立ち止まる瑠香。何も反応しない背中に、司は痺れを切らせてしまう。
「なんとか言えよ、山崎っ」
感情を抑えられなかった。なかば怒りを込めて叫んでしまった。罵声に似た叫喚を受け、瑠香の肩がビクッと揺れた。
「……違う」
これまでの威勢のある声ではなく、聞こえるかどうかの小声がもれた。
「何が違うんだよ」
「私は違うっ」
叫喚した瑠香が振り変えると、瑠香の目差しは怒りに満ちていた。
「私は瑠香じゃないっ」
「はぁっ? なんだよっ、いきなりっ」
「あの日、あの公園でもう、死んだのよ……」
「……死んだ?」
「……私は違うのよ」
……私は死んだのよ。
記憶の奥底に沈んでいた言葉が、急激に浮かび上がってきた。髪の短かった衝撃的な瑠香の姿とともに。
やはり、今の瑠香はどこか雰囲気が違うように見えた。
「やっぱり、あんたには分かんないわよ」
敵意を剥き出しにした声を司に浴びせ、瑠香は逃げるように踵を返し、その場を去ってしまった。
「リンドウ…… 寂しい愛情って、なんだよ」
もう死んだ……。ただそれだけ……。




