二 悩 ~ ピエロは笑う ~ (12)
体が動くのは、「会いたい」という想い。それだけ……。
5
指定された日時の時間。司は病院に訪れていた。学校の帰りに制服のまま。今度は確実に瑠香に会えると信じて。
午後五時半。一階の受付ロビーは診察で訪れた人で込み合っていたが、入院病棟は落ち着いていた。
前はピエロのイベントがあり、静けさにも賑やかさがあったが、今日は穏やかな空気が漂っていた。
指定されたのは小児科病棟だけで、細かな指示はなく、司は途方もなく彷徨っていた。
行く当てもないまま、ナースステーションの前を通る。挙動不審にならないように心掛けた。看護師に疑われては、元も子もない。
そのまま、病室が並ぶ通路に差しかかろうとしたとき、ふと司の足は止まり、以前、イベントが行われていた休憩室を覗いてみた。
やはり、以前は特別に整理されていたらしい。今日はテーブルが六組並べられ、以前は扇状に並べられていたパイプ椅子が整えられている。
休憩室には誰もおらず、奥に設置された大型テレビも電源が切られ、静寂が充満していた。
何も異変はなく、通路に戻ろうとしたとき、司は鈍器で殴られたみたいな衝撃を頭に受け、激しく瞬きをしてしまう。
「……あれって」
壁際には本棚があり、そこには何冊かの絵本が置かれている。その天板に、あのピエロが座っていた。
小学校の屋上にいたあいつが。
神出鬼没なピエロに背中に電器が走る。再び現れたピエロに、司はまた惹きつけられる。
本棚のそばまで進み、怯えながらピエロを見下ろした。マラカスを握り、不敵に笑う顔は、屋上で置き去りにした司を責めているようであり、体が震えそうになる。
「まぁ、あれと同じ形のやつだろ」
怯える心を宥め、ピエロを持ち上げると、背中を見た。
「……嘘っ?」
ピエロを握る手に力が加わる。ピエロの背中には、五センチほどの切り込みがなされている。
司の家にいるピエロと、持ち物は違うが、同じシリーズの人形であると分かったが、家のピエロには可こり込みがなく、やはり故意に切り込みを入れたのは明白であった。
だからこそ、ここにいたピエロは汚れは目立たなかったが、小学校からここに移動したらしい。
誰が?
問いかけてもピエロは答えてくれず、ピエロを本棚に戻した。
「ーーどうかしましたか?」
ピエロを戻し、踵を返そうとすると、女性の誰かが呼び止めた。振り返ると、胸の辺りでカルテを抱きかかえた、一人の看護師が怪訝に司を睨んでいた。
入口を塞ぐようにして立ち、警戒してたたずむ姿に、司は萎縮して体を仰け反らしそうになる。
高校の制服姿で、誰かの見舞いで病室に向かうわけでもなく、誰もいない休憩室にいたのだから、いかがわしく見えても当然であろう。
どう、言い訳をすれば……。
逃げることはできない。それならば取るべき行動は決まっている。
「あの、このピエロ、前に来たときにはなかったと思うんですけど、誰がここに?」
「あぁ、それは確か、二日ぐらい前だったかな。女の子が持ってきたかな」
「女の子、ですか……。あ、それと、前にここにピエロが来てたじゃないですか。あれって、頻繁にしているんですか?」
うまく言い訳ができそうになく、それならばと、気になっていたことを続けて聞いてみた。
「あれは…… 一定の期間で行っているけど、それが?」
「いえ。ちょっと気になったので。すいません。すぐに帰ります」
これ以上は抵抗できず、不信感を与えまいと、司は頭を下げた。
やはり、納得していない様子ではあったが、すぐに立ち去ると知ると、「そうですか」と看護師は去っていった。
ナースステーションに消えた看護師を見送ると、司はフウッとうなだれた。
怪訝な眼差しから開放され、肩から大きな荷物を降ろしたみたいに安堵した。
看護師が戻ったのを確認すると、あとには続かず、体を反転させ、またピエロを持ち上げた。
「……お前はなんで、そう笑えるんだ?」
表情を変えないピエロに、つい投げかけてしまう。
「……バカじゃない」
内心、嘲笑しようとした瞬間、脳裏に浮かんだ罵倒が、背中にぶつけられた。
驚きでピエロを掴んだまま振り返った。すると、先ほどの看護師とは違う人物が入口に立っていた。
山崎瑠香が。
どうして、そこまで疑わずに動けるの?




