二 悩 ~ ピエロは笑う ~ (10)
話ができているのに胸が苦しい……。どうして?
「結構、昔からあったんです。まだ、廃校になっていないころから。みんな、忍び込んでいたみたいですよ」
「それって、今も続いているんですか?」
「多分。今も続いているんじゃないかな」
記憶の淵に、先日屋上で見た、ゴミが散乱している光景が蘇る。
「廃校になって、警備とかが手薄になったと思うから、余計に人が多いんじゃないですか」
司が小学校に通っていたころ、頭を悩ませていた学校を皮肉ってみた。
「やっぱり、詳しいんですね」
嫌味ったらしく頬を歪ませていると、それを楽しむように、瑠香は声を弾ませる。
司の思い出を楽しそうに聞く瑠香に、司はため息をこぼし、屋上の方角を見上げた。
誰もいない屋上を眺め、しばらく黙ってしまった。話すべきか逡巡してしまう。
「……あったんです。昔」
どんな表情をしているのか気になりながらも、顔は見られなかった。それなのに口は動いてしまう。
「……高一のとき、誘ったんです」
「へぇ。それで、どうなったんですか?」
酷だな。そんなことを聞くんだ……。
無邪気なのか鈍感なのか、それともワザとなのか。瑠香の態度に内心、怒りを通り越して呆れてしまう。
「ダメでした。誘ったんですけど」
話を聞いてくれず、車に乗ってしまった。とは言えない。
「……そう、ですか」
気まずそうに返事する瑠香に視線を戻すと、瑠香は目を伏せていた。
小さな背中がより小さくなり、司はその姿をじっと見つめてしまう。
またあのときと同じで、司が瑠香を叱責しているような状況を、冷静に捉えてしまう。
「……来てもらえなかったんです」
こんなことを言うと、僕も残酷だな。
分かってはいたのだが、止まらなかった。あのころの話をすれば、すべてが瑠香を責めてしまう言動になりそうと。それでも。
なんで、嘘をつくんだよ。なんで……。
「……なんで……」
思わず声がもれてしまったとき、屋上にあのピエロがいたのが頭によぎった。
あのピエロは、お前が置いたのか? あの言葉の意味は?
目を合わそうとしない瑠香に、無言の問いを浴びせてしまう。
「……ゴメン」
それなのに出た言葉は、弱々しい謝罪の弁。
「なんで、あなたが謝るんですか?」
「いや。なんとなく」
「でも、それじゃぁ、ここからなら、綺麗に見えるのかな。花火が」
「だと、思います」
ここ二年。花火は音でしか実感していない。元カノとは、夏が終わってから付き合っていたから、花火を見に行ったことはない。
「ここから見たいって思ったことありますか?」
「……今はどうだろう」
うまく答えられず、首を捻ってしまう。さすがに誘った本人の前で白を切るのは恥ずかしく、頬が紅潮してしまう。
「……ゴメンなさい。変なことを聞いてしまって。ほんと、変ですよね。初めて会った人にこんなことを聞いてしまって」
初めて…… か。
「あ、いえ。いいんです」
申しわけなさげに目尻を下げる瑠香に、司は愛想笑いを返した。
「ここで見られたら、綺麗なんだろうな」
屈託なく目尻を下げる瑠香に、司は青ざめてしまう。
それって、どういう意味なんだ?
意図が掴めない。冗談を言っているのか、嫌味なのか。また迷いが生まれてしまい、口を噤んでしまった。
「それじゃぁ、失礼します。すいません。変なことを聞いてしまって」
逡巡する司に瑠香は頭を下げると、その場を離れて行った。
司が来た方向とは反対の方向へ、瑠香は静かに遠退いていく。
その後ろ姿が、司の心を切り裂こうとしていた。
二年前の瑠香の後ろ姿が一瞬重なり、恐怖心がめまいを引き起こしそうになり、体が揺れてしまう。
己の情けなさは、何も変わっていなかった。
普通って難しいよね。そんなに辛い顔なんてしなくていいのに……。




