一 逢 ~ さまよう想い ~ (1)
ずっと待っていた、はずだった……。
穏やかな風が頬に触れ、そろそろ夏が近づいていた何気ない日々が懐かしいかもしれない。
その日を、竹内司は望んでいた。
山崎瑠香にとって、その日は……
一
1
風が吹けば、崩れてしまいそうな声で、会ってほしいと頼まれ、不審に思いながらも瑠香の話を司は受け入れた。
指定されたのは、バイト帰りにいつも別れていた駅前のロータリー。
改札口がホームの上に設置された駅で、改札口に続く階段のそばの壁に、司は凭れて瑠香が訪れるのを待った。
ロータリーは円を描くような形になっており、発車を待つバスが何台か並んでいた。
市内でも郊外になる駅で、バスを利用するのは年老いた女性が買い物に利用するのが多く、人の数は少なかった。
それでも、土曜となれば、どこかに遊びに行こうとする、若い男女の姿もあった。
おそらく定刻通りに来ているであろうバスを何台か見送っていた。後ろの駅でも、何本かの電車が到着している。
瑠香はこの駅で上りの電車に乗って自宅へと帰っていた。だから、下りの電車が到着するたびに、階段の方を眺めてしまう。
いつになれば瑠香が来るのか、と期待して。
約束していたのは午後二時。スマホで時間を確認してみると、二時十分を回ろうとしていた。
電車はまだ来ないのか、と考えると、ロータリーに一台の赤い軽自動車が入って来た。本来、バスが入り込む場所に車が入って来たので、何気に司は注目してしまった。
車はバスの停車位置から一台分横にずらして停車した。
おもむろに助手席側の扉が開き、一人が出てきた。
ジーンズに青っぽいシャツを着た人物はとても小柄だった。髪は短く、耳が見えていたので小学生の男の子に見えた。
しかし、疑問も残った。時期的には半袖でも十分な暑さなのだが、この人物は長袖を着ており、男の子にしては珍しいな、と思えてしまう。
視界の隅でこの人物を捉えていると、下りの電車がホームに到着した音と、アナウンスが届き、司は階段に視線を移した。時間的にこの電車に乗っているのかもしれない。
階段の方角を眺めていると、電車の閉まるブザーがこちらまで聞こえてきたとき、
「ーー竹内くん」
瑠香のか細い声が、途方もない方角から風に乗って司の耳に届いた。それはホームとは正反対、今、軽自動車が入って来たロータリーから聞こえたのである。
「ーー竹内くん」
二度目の呼びかけに、困惑しながら司は振り返る。
「……久しぶり」
「……山崎?」
思わず声が上擦りそうになり、目を疑った。
「……なのか?」
声を聞く限り瑠香なんだと確信しているのに、疑いの言葉が口から飛び出てしまう。
そこにいたのは瑠香のはずなのに。
それまでの瑠香は目が大きく、丸かったのに目尻が吊り上がり、どこか人を蔑んでいるような、冷酷な眼差しを司に注いでいた。
華奢で小柄なのは変わらないが、雰囲気がどこか違った。ジーンズに、青と白のギンガムチェックのシャツ。日焼けを気にしているというより、どこか肌を隠しているように、司には見えた。
何より衝撃を受けたのは、髪型だった。
背中まで伸びていた、しなやかで艶のある黒髪が瑠香の特徴でもあったのに、目の前にはその面影すらない、ショートカットの黒髪が風に揺れていた。
瑠香は耳が出るぐらい切り上げたベリーショートになっていた。遠目からならば、男の子に見ちがえるほどの出で立ちになっていた。
挑発的に見上げる瑠香と目が合い、心臓を蜂に刺されたような鋭い痛みが司を襲い、唇を噛まずにはいられない。
先ほど赤い軽自動車から出て来た人物。その人物と同じ服装の瑠香が、目の前にいたのだから。
会いたかった。
だから、来てほしくなかった……。




