一 逢 ~ さまよう想い ~ (10)
約束。
冗談なんかで言ったつもりなんてなかった。
5
「もう、花火大会のことが載ってる」
「あぁ、これか。これって、あの川のやつだろ。けど僕、あそこまで見に行ったことがないんだよね」
「ーーえっ? なんで? もったいない。近くで見たら、すごく綺麗だよ」
「いや、まぁ、そうなんだけど。あの花火で実はーー」
瑠香の言うピエロと対面し、納得して帰ろうとしたとき、商店街の入口付近に設けられた掲示板の前で、またしても司の足は止まる。
掲示板には、八月に行われる花火大会の告知ポスターが貼られていた。
花火大会はこの地区では有名な川の河川敷から打ち上げられる花火で、川岸に淡くピンク色に咲いた花火の写真と、日程が書かれていた。
先日、このポスターを見て、瑠香と話をしていた。
そうだ、そうだよな。
もしかすれば、瑠香に好意を抱いている、と自覚したのはこのポスターを見て話しているときだったのかもしれない。
興味を抱き、目を輝かせている瑠香の横顔に魅入ったとき、誘わなければ、と司の胸の奥が騒いでいた。
実は、別の場所にいい場所があるんだ。一緒に行ってみる? ーー
このときの胸の破裂しそうな鼓動は、思い出しても息苦しくなる。今でも、勢いに任せたとはいえ、よく言えたと信じられなかった。
司は特別な場所を知っていた。だからこそ、誘いたかったのだ。
いいよ。 ーー
突然の誘いに一瞬戸惑ったあと、照れ臭そうに、頬を紅潮させてはにかんだ姿は、目蓋の裏に強く刻まれていた。
瑠香が学校を休んですでに三週間が経っていた。依然として瑠香に司は会えていない。
それはバイト帰りも同様である。週に三回。司は当たり前のようにコンビニに向かい、彼女が来るのを信じながらしばらく待ち、瑠香が来ないと諦めてコンビニを去る。
寂しいと痛感しながらも、それが日常になろうとしていた。
そんな日の火曜日。今日も来ないのか、と空席になったままの席を、机に頬杖を突きながら眺めていた。
朝のHR。瑠香の姿がない現実にがく然としつつ、唐突に襲う睡魔に抵抗していた。
「ーーそれと、昨日のことなんだが、山崎から連絡があって、退学届を提出されました」
普段、乱暴な口調で話す担任が、急に神妙な口調で話し、机に突っ伏していた司も、重たかった目蓋がパッと開き、体を起こした。
空耳だと、耳を疑い教壇を睨んだ。
さすがに動揺は司だけではなかった。
それまで担任の石田がHRを進めるなか、隣の生徒と喋っていたり、上の空で途方もない方向を眺めている生徒と、ざわめきが教室を支配していたが、石田の一言で、全員の目が教壇に注目した。
「ーーマジで?」
「理由ってなんなの?」
唐突な報告に、何人かの質問が飛ぶ。
それまで話を聞こうとしていなかった生徒も、石田の返事を待った。
なんなの、というざわめきが広がるなか、石田が短く太い手を出して制し、ざわめく生徒を宥めた。
「はい、はい、はい。次、次だぞ」
と低い声を張り上げ、生徒の注目を無理矢理、次の話に移したが、まだ執拗に理由を聞く生徒もいた。
正直、影の薄い印象のあった瑠香に対して、問い詰めるのは驚きだったが、司もその生徒に心のなかで背中を押し、石田の反応を待った。
それでも、腹に詰められた脂肪が耳にまで詰まっているのか、話に耳を傾けようとはしなかった。
結局、石田は声を上げる生徒を、半ば無視して別の話を進めた。
それからは石田の話は耳に入ってこなかった。
なんで? どうして?
忘れようとしていた疑問が、再び司の脳裏に襲いかかり、頭が大きく揺れそうになり、顔を覆ってしまった。
そのまま報告事項が済み、HRが終えると、たるんだ腹の脂肪を揺らして教壇を横切り、教室をあとにした。
石田が教室を出ると、それまで我慢していた好奇心が、風船が破裂したように弾けた。
「ねぇ、何か知ってる?」
「あいつ、何かあったっけ?」
「さぁ。バイトはしていたみたいだけど」
「あいつとは大して話したことないからな」
「明日香、知ってる?」
「ううん。そういえば、最近会ってないし」
影が薄かった瑠香であったが、急に退学になると、様々な憶測が飛び交う。ずっと耳を澄まして聞き入っていた司であったが、どれも信憑性のない話に、げんなりとうつむいてしまった。
この日ばかりは司も落ち着いていられなかった。しつこい、気持ち悪い、と痛感しながらも、何度も瑠香に連絡を入れた。
それでも瑠香に繋がりはしなかった。
花火大会……。約束……。分かっている、分かっているよ……。




