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手紙のこと  作者: ひろゆき


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 一  逢  ~ さまよう想い ~ (9)

 自信が持てない。それが悔しい。

              4



 スマホで連絡が取れなくても、まだ大丈夫なんだと楽観視してしまう気持ちが司には残っていた。

 バイト帰りのあのコンビニに行けば、瑠香は待ってくれているんだ、とどこかで高を括っていた。

 しかし、信じていた司の儚い願いは、脆く崩れ去った。瑠香が司の前に現れないまま、一週間ほどがすぎ、土曜日になっていた。

「最近、元気がないけど、どうかした?」

 バイト帰り、多田に指摘され、司はドキッと息を呑んでしまった。司としては平静を装っていたのだが、態度のどこかに動揺が出ていたのかもしれない。

「彼女とケンカでもしたか?」

「いや、そんなことないっすよ」

 多田の気遣いとは対照的に、茶化すように林が不敵に笑って聞いてきて、司は苦笑しながら手を振った。

「大体、僕、彼女なんてーー」

 いませんよ。

 と言いかけて、唇を噛んでしまった。

 本音を言えば、ここで「ケンカなんかしていませんよ」と、反論したかった。しかし、それができないでいた。

 瑠香と恋人の関係に発展していたのなら、と内心では望みながらも。

 ただ、目を伏せて黙り込む姿を見て、二人は図星だと誤解したのか、ケラケラと、より茶化す標的を見つけたと、不敵にじろじろと眺められてしまった。

「ケンカなら、早く仲直りしなさいよ」

 誤解を解こうとしたが、その前に多田に駄々をこねる子供を宥めるような、穏やかな眼差しで諭されてしまった。

 そうではないのだが、完全否定するのも面倒になってしまい、二人の忠告を受け入れ、神妙に頷いておいた。



 二人の忠告が影響してしまったのか、次の日の日曜日。じっとはしていりなかった。

 それでも、一向に瑠香と連絡が繫がるわけでもなく、もどかしさだけが司の周りでつきまとっていた。

しつこく連絡を入れたり、瑠香の家を探してしまうのはストーカーだな、と自重するが、やはり家では大人しくできなかった。



 ジーンズに白シャツと、ラフな格好で向かったのは、二人で帰りにいつも通っている商店街だった。

 いつもの時間帯なら店も閉まり、閑散としていたが、昼間となれば活気が溢れており、人の往来も多かった。

 夜ならば通路のどこを歩いても平気であったが、今は人の波を縫って歩かなければいけなかった。

 惣菜屋、八百屋。いつもならシャッターとしか対面していなかったが、今は店員の姿が見えた。

 どこの店も歴史のある老舗らしく、七十代は越えていそうな、厳格な男性が野菜の品出しをしていたり、親子二代で営んでいるのか、雰囲気の似た二人の女性が店内を忙しなく働いているのが見えた。

 煮物の醤油の匂いや、果物の甘い香りと、普段と違う活気のなか、司は興味を沸かせて歩いていたが、ふと足が止まり、一度ギュッと目を閉じた。

 目蓋の奥が漆黒に包まれると、それまでのざわめきが、一瞬で静寂に締めつけられたように、消えてしまう。

 どこか、海底の奥底に沈められたような寒さと孤独に、肩が震えそうになる。季節は夏を迎え入れようとしているのに、真冬に置き去りにされたみたいな寂しさから逃れるのに、ようやく司は目を開く。

 すると、そこは以前、瑠香が不意に立ち止まった家具屋の前であった。

 夜は赤いシャッターで閉められていたが、昼間はガラス張りのショーウィンドーが広がっていた。

 敷地の左端に入口があり、「Welcome」と彫られた木の彫り物や、等身大のプードルのディスプレイが、お客を招き入れるように置かれ、そばでは籐でできた入れ物が積まれていた。

 ガラス張りのショーウィンドーには、部屋の一角を切り出したように、ディスプレイされていた。

 桜の木でできた本棚。革張りの黒いソファ。手前にはガラス製のローテーブルが設置してあり、洋書や花瓶。人の生活を本当にそのまま切り取った様子になっており、ソファのそばには、ドーベルマンの等身大の置物があった。

 犬好きの住民の設定なのか、それとも店長が犬好きなのか、猫はいないのか、とつい司は考えてしまった。

 このソファに座れば、テレビを見るのにくつろぐ様子になり、状況的には外にいる司が覗かれている形になっていた。

 まるで、誰かの部屋を、テレビのなかから覗いているみたいな錯覚を覚えつつ、“あいつ”を捜した。

 ーー ここにピエロがいるんだ。

 脳裏に瑠香の声が木霊する。

 あのとき、司の誕生日にくれると言っていた、ピエロがどんな奴なのか気になってしまったのだ。

 ここに来れば、瑠香に会える保障なんてなかったが、家にじっとしているのは、プールに沈んで息をひそめているみたいで耐えられなかった。

 そいつと目が合ったのは、脳裏で瑠香の声が木霊してすぐだった。そいつは本棚の二番目の棚に悠然と座り込み、司を眺めていた。

 ピエロは、瑠香の説明通り黄色い服を着ていて、棚から足を投げ出して座り、大きく左右に広げた手には、なぜかマラカスを握っている。

 顔は白く塗られ、左目には大きな星。右目の下には涙のペイントがしており、丸い赤鼻がツンッと突き出ていた。

緑の特徴的なアフロの髪型でこちらを眺める姿は、どこか滑稽にも見えてしまい、ふと司は鼻で笑ってしまった。

 だか、すぐに首を傾げてしまう。

 これが、可愛い?

 不敵な笑みでこちらを眺めるピエロを睨み、瑠香の好みに多少の疑問を強めてしまった。

 司にしてみれば、このピエロはおもちゃ屋によくある、シンバルを叩くゴリラと同じようにしか見えなかった。

 これを自分が貰えるとなれば、はたして嬉しいのか、正直なところ、嬉しくないと断言してしまう。

 まぁ、貰えるのはいいことなのかな。

 ピエロ自体にさほど驚きはしなかった。けれど、ガラス越しに反射された司の顔は、商店街を歩いているときに比べ、いくぶん表情はほころんでいた。

 大して可愛くない、面白くない、と瑠香に会ったときに茶化す話題ができたことが小さな収穫になった。

 ピエロは何を見ているんだろう?

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