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ハーピーは街道に似合わない  作者: 斉木明天
第三章:石油タンカー『星握』
31/44

31.届くはずの夜空の下で

 檻の中を、外に出ようにも出られない虫のようにエリカは逃げ回る。

 避けても避けても、艦に包むように張り巡らされた沼の檻からは、絶えずトゲが跳びだしてきていた。


「くっ……!次から次に、厳しすぎるですわ!!」


 エリカは何度も何度も避け、それでも檻をこじ開けようとしてはトゲにまた追い返されてしまう。

 ふと、苦しみの中で空を見上げる。

 檻の向こう側には、あともう少しで満月に成りそうな月が、夜に隠れてしまっていた雲を明るく照らし、穏やかにそこに佇んでいた。

 ああ、綺麗な月だ。昨日、卵未と一緒に本部屋上で見上げた空を思い出す。

 あの時はちょっと無理に明るく振舞っちゃってたかな。鬼島リーダーから、新しく入った後輩を助けてやってくれと言われて、そのハーピーと一緒にチームを組んだけれど、これがまた過激と言うほどの先者嫌いで。

 どうすればこっちが危なくないって分かってくれるかな?って思ってたけど、星空が綺麗だって感動したときには、卵未も素直に頷いてくれたっけ。

 先輩として卵未の前に着いて、初めて共感してくれた気がして嬉しかったな。

 そのまま一緒に空へも上がったら、それこそ、とうとう顔の無表情な頑固さも抑えれなくなって、卵未も辺り一面を見て笑顔になって。

 素直になった卵未は可愛らしかったな。もともと、辛い転生の仕方さえしなければ、それぐらいいつも明るい笑顔をしてくれる子だったんだろうなって。直感だけど、そう思った。


「っ!どうにか、後もう少し、もう少しですのに!」


 あの時のように、今にも届きそうな夜空の下なのに。何度手を伸ばしても、黒々としたトゲが伸びては二人を鳥籠の中から逃がさない。

 段々、疲れも溜まって来た。

 織二口も、必死に攻撃を防いでくれるけれど、さすがに血を流しすぎてきた。

 吸血鬼だからか、それなりに血の量には自信があった気がするけれど、それは、自分で血を吸えるってだけの話。さすがに、血が少なくなりすぎてきて、目の前が揺らぎ始めてきた。


「……くっ、エリカ…!!」


 身体がバランスを崩しそうになると、手元から卵未が抜け出した。

 そして、フラフラなエリカの背中に回り込むと、そのまま足爪で掴み、エリカの代わりに回避をとろうとする。


「卵未…!駄目ですわ、貴女の方が重傷なのに!」

「そんな事言ったって。エリカも、もう限界でしょう!?」


 卵未はそう叫び、トゲを何度も避ける。


「くそう!なにか、なにか……!そうだ!」


 そう声を挙げると、卵未は檻に向かって突撃し、勢いに身を任せて翼を横に構えた。


「喰らえっ!想翼刃(そうよくば)!!」


 卵未の翼が、檻に当たった。

 ……だが、檻は斬れる事も無かった。

 卵未の口から、そんなと小さい弱弱しい声が聞こえた。

 檻に当たった翼は、ただの翼。その表面にオーラが纏う事も無く。ただぺしっと小さな音を立てただけだった。

 そして、沼の檻のカウンターがやって来た。


「卵未!!」


 今度は、エリカの身体が勝手に動いてしまった。


「……え」


 小さく、目の前の事を信じられないという卵未の声が出た。

 そこには、月を背後にし顔が見えないエリカの姿。

 卵未の背中に被さったエリカの背中には、いくつものトゲが刺さり、宙吊りになっていた。


「……エリカ?ねえ、ちょっと……」


 力が無くなった卵未の声が、絞り上げるように徐々に大きくなる。

 エリカは、口から血を吐いた。


「エリカ!!」


 エリカの目は更に朦朧としてきた。

 ああ、そろそろ身体が持ちそうにない。もう、自分が何かを変える事ができるチャンスは、次ので最後そうだ。

 目の前でぼやけた視界の中で誰かが叫ぶ声が聞こえる。その人だけを残すのは、心もとなかった。

 卵未。口に出して喋れてるか分からないけど、最後に聞いて。

 貴女は、最初に出会った時は全部が下らないと思えて、全てを侮蔑しているような目をしていた。

 どうにか心を開いてくれないかなって、私もあれこれと試してみて悩んでた。

 でも、そのうちに。任務の中で、私を頼ってくれたり。逆に私を呼びに来てくれたり、それどころか、自分の体を投げうっても助けようとしてくれたよね。

 それが、本当に嬉しかった。どんどん心が変わっていって、かつてのつらさが溶けていく貴女を見てて、私もどこかで心が救われていた。

 だから、本当にありがとう。

 先輩としても、パートナーとしてもこれでおしまい。

 ここであった事を、本部のみんなに伝えて。みんなの日常を守って。


「……エリカ?」

「っ……!織二口(おりふたぐち)!!」


 エリカは、残りの力を振り絞るように叫んだ。

 真っ黒なマントに、細部に至るまで真っ赤な血が流れる。そこから、大きな獣の両手に大きな顎が現れた。

 そして、エリカは卵未を突き放し、そこに大きな顎を振り上げる。


「エリカ!?」


 何が起きてるのか、突然の事に応じれない卵未を、獣の顎が噛まないように口の中に包み込んだ。

 エリカはすぐに、自分の背後に目を向ける。

 獣の両手が沼の檻に手を伸ばし、そこを無理やりにこじ開けた。

 すかさず、沼の檻はカウンターとして獣の両手にエリカへ向けてトゲを飛ばしてくる。

 近づくもの、開けようとするもの、全部に反射するようにトゲは跳んでくるようだ。

 なら、守りながらでも押し通すしかない!!


「いけぇ!!織二口(おりふたぐち)!!!」


 卵未を入れたままの獣の顎を、こじ開けた穴へと向かって突き出した。

 トゲがいくつも獣の顎に伸びていく。

 それらを全て弾き、獣の顎は檻の外へ飛び出した。


「!!」


 獣の顎が口を開き、卵未が空中に放り投げられる。

 エリカは、閉じていく檻の沼の穴から、卵未と目が合った。


「……このタンカーの事、みんなに伝えて。そして、過去に縛られないで、元気に生きて」


 沼が閉じる。その格子の向こうで、いくつものトゲに包まれたエリカが最後に見えた。


「エリカぁぁぁああああ!!!」


 卵未の叫び声が、遮るものが何もない夜空に響いた。

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