初恋の彼は幽霊でした。
長編にしてもいいなーと思いつつ、これ以上増やしても管理しきれない!となり、無理矢理短編にまとめた作品。
気軽にさらっと暇つぶしにどうぞ!!
それは桜の蕾が膨らみ始めた、暖かな日のこと。
「一目惚れしました!私と…付き合ってください!!」
昼下がり、路面電車の停まるこの穏やかな駅に置いてその出来事は目を引いた。
長く艶やかな黒髪の、愛らしい少女だった。
少女と評したのは、その落ち着いた見た目と相反し、その表情の初々しさが印象的だからだろう。
人々は一瞬何事かと彼女の方を見たが、彼女の姿を確認すると微笑ましいものを見たというように笑って、静かに去っていく。
何しろここは若者の利用が少ない、路面駅だ。
孫や娘にほど近い少女を野次馬しようなど無粋なことだろう。
そうして、駅から人波はゆっくりと捌けた。
もうこの場には緊張の面持ちで不安そうに視線を揺らす少女と、それをじっと見下ろす相手しかいない。
「…君、自分が言ってる言葉の意味、わかってる?」
どれほどの時が経っただろう。
その思ったより低く落ち着いた声に、少女は思わず顔を上げた。
予想した答えのどちらでもなく、戸惑いから伺うように彼を改めて見上げる。
キラキラと陽に透けて輝く髪は金にほど近い茶色、服装がシンプルなモノトーンである分、余計にその色が目立っている。
そして何より、ムスッとした無愛想な顔と鋭い切れ長の瞳が、なんとも言えない近寄りがたさを醸し出している。
はっきり言って正反対の2人。
なにかの間違いではないか…そう確認したくなるのも仕方ない話かもしれない。
「…同じ車両に乗っていたあなたを見て、あなたならきっと好きになれると直感したんです。だから、軽い気持ちでも、間違いでもな…」
「いや、そう意味じゃなくて。」
必死に言い募ろうとする彼女の言葉を彼は宥めるような呆れ口調で遮った。
キョトンと困り顔で首を傾げる彼女と彼とで、話がうまく噛み合わない。
彼は焦れたように髪をガシガシとかき乱すと、彼女へと視線を合わせて口を開いた。
「俺、幽霊だけど、それわかってて言ってるの?」
彼の焦げ茶色の瞳に、一拍遅れて目をまん丸に見開いた彼女の顔が写りこんだ。
***
「まさか、幽霊さんとは…気がつきませんでした。」
駅のベンチへと座らされた彼女はどうしましょうと言うように、自身の両の手を頬へ当てた。
ちらっと見上げるすぐ横には、その幽霊の彼が寄り添うように立っている。
「俺もまさか見えるとは思ってなかったよ。」
「じゃあ、見えた私は、とても幸運ということですね!」
「どうしてそうなるんだよ…」
今度は嬉しそうに笑い始める彼女に、彼は呆れたような声を上げ、眉を寄せた。
「そこは気味わるがるとこじゃねーのか?」
「そうは言われましても、幽霊さんはカッコよくて優しい方なので、そんなことちっとも思いませんよ!」
「……」
「これが落ち武者のようなお姿でしたら…流石にご遠慮したかもしれませんが。」
「ところで、幽霊さんはなんとお呼びすればいいのです?」
そこで改るように彼女は彼の方へと体を向け座り直した。
その瞳はキラキラと好奇心で輝き、彼の答えを待ち構えている。
その様子に何か考えるように彼は少し黙ると、ゆっくり口を開く。
「……………幽霊で、いいよ。」
「わかりました、では幽霊さんのままでいきますね!私のことは佳奈と呼んでください!」
期待した答えとは違うはずなのに、彼女は彼の答えにふわりと笑った。
まだ開かぬ桜の花びらが、軽やかに舞っているかのようなそんな笑顔に、彼は困ったように苦笑いを返す。
「幽霊さんは、何か心残りがこの世にお有りなのですか?」
「…なんだよ急に。」
「この世に未練がある方が幽霊になると聞いたことがありましたので。違いますか?」
彼女はまるで世間話でもするようにゆったりと笑っている。
そんな傍目から見れば1人ベンチに座って喋っている彼女は、また人気の集まりだしたホームで少し浮き始めていた。
しかし、そんなこと気にしないというように、彼女はにこにこ笑っている。
「……未練ってほどではないけど、気がかりなことがある。」
静かに答えるその彼の言葉に、彼女は先を促すように首を傾けた。
「死ぬ直前まで付き合ってた彼女のことだ。」
「…彼女さん……ですか?」
彼女の優しい声に彼ははっきりと頷く。
「俺は事故で死んだんだけど、その時アイツだけは助かったんだ。でも、何というか…危なっかしい奴で、どうにも大丈夫か心配になる。」
「彼女さんを…見守る為に残ってるんですかぁ…」
「…まぁ、そんなとこだ。」
「素敵ですね……」
しんみりとした様子で彼に笑い返した彼女が、突然何かを思い出したように眉をしかめた。
「ん?ということはもしかして!私が話しかけたせいで彼女さん見失っちゃいました??あわわわ、ごめんなさいです!!?」
そう言うと彼女は慌てふためくように手をバタつかせ、必死に謝った後、真っ青な顔して周りを見始めた。
そこはもうすっかり次の電車を待つ人々でまばらに埋まった駅、どこからどう見てもとうに10分以上の時は過ぎている。
「ああああーーー、本当に、ごめんなさいですぅーーー!!」
「いや、別になにも問題ないから落ち着いてくれ。…今のアンタ、思いっきり不審者だぞ?」
軽いため息とともに、慣れた様子で彼女を落ち着かせるように声をかけた彼の言葉に、彼女は思わず両手で自身の口を塞ぐ。
「そうでした…幽霊さんは皆さんには見えないんでした……」
そしてみるみる顔を真っ赤にする彼女をどこか可笑しそうに笑いながら、彼は未だに空いていた彼女の隣へと腰掛けた。
「別に四六時中アイツのこと追っかけてるわけじゃないから平気だ。どうせまた、この駅を使うのもわかってるし。」
「なら良いのですが…」
まだ自分の口に手を当てたまま、小さな声で話す彼女に、彼はまたくすりと笑って前を向いた。
そんな様子に彼女も、おずおずと手を膝の上へと下ろす。
「でも、彼女さんがいるならお付き合いはして貰えないですよね?」
「…まだ諦めてなかったのかよ。俺、幽霊だぞ?」
「幽霊さんだとしてもです!…ワガママ言わないので、片想いだけでもダメですか?」
「……いや、普通にダメだろ。」
両手を握りしめ、お願いポーズで見つめてくる彼女に、彼はどこか引きつった表情を浮かべている。
「やっぱりダメですか…」
「…むしろなんで俺なんだよ。」
しゅんと落ち込む彼女に、彼は呆れた表情で優しく問いかける。
パァーッという独特のクラクションと共に、次の電車がホームへと入ってくる。
「…私、記憶喪失なんです。」
突然の彼女の告白に、思わず隣の彼は唾を飲んだ。
当の彼女はというとへらっと笑って、平気そうにこちらを見ている。
人の波が一気にまた入れ替わる。
「記憶喪失といっても一部だけで、半年前に事故に遭った時から遡って2年分。そこだけポッカリ抜け落ちてしまったみたいなんです。」
「……」
「少し不便ではありますけど、無理して思い出そうとは思ってないんです。だけど、家族がとても不安がってるみたいで…」
人混みでざわめく駅の中で、彼女の声はスッと澄み、よく聞こえた。
「両親がすっごく優しくしてくれるんです。でも、私が記憶を思い出すことをとても怖がってるみたいで…私がなにも思い出してないと知るとホッとした顔をするんです。」
「……」
「兄も今まで年に一回家に帰ってくるくらいだったのに、月に一度必ず帰ってくるんです。それでしきりに『楽しいか?何か生きがいになるようなものは見つかったか?』って…」
そこまで喋ると、彼女は困ったように眉を下げた。
「私なんかが、みんなに心配させて、不安にさせてるのが申し訳ないんです。だから、記憶を思い出さなくても恋でもして、幸せいっぱいにキラキラしてたら、みんな安心してくれるかなぁ〜と思って…」
「それでどうして恋しようって結論になるわけ?」
「女の子は恋してる時が一番キラキラ輝いてるって書いてありましたよ?」
彼女の答えに彼は思わず頭を抱えた。
そんな彼の様子に彼女は不思議そうに首を傾げている。
再び、駅には彼ら2人だけになった。
「……俺じゃなくたって、他にいるだろ…」
「恋をするならあなたがいいって思ったんです!!」
キラキラと輝く、まっすぐな瞳に見つめられ、彼は耐えきれないというように気まずげに視線を逸らした。
そしてふと、その視線を近くの時計へと向ける。
「…そろそろ時間じゃないのか?」
「あぁ!?そうでした!!いっちゃんと約束してたんです!!早く行かないとです!!」
彼女はそう言うと勢いよく立ち上がり、あたふたと駅を出ようとして、また急いで彼の元へと戻ってきた。
「幽霊さん!!また会えますか!?」
「……あぁ。」
「約束ですよ!!隠れちゃ嫌ですよ!!」
彼女はそう言うと手をぶんぶん彼に振りながら、コケそうになりつつも駅の改札へと走って行った。
「…全く、これだから目が離せないんだ。」
彼はその背をずっと見つめながら困ったように笑う。
駅のすぐそばにある桜の蕾が、ひとつだけ花開いている。
「なんで見えてんだよ…バカ。」
そんな彼の呟きを聞届ける者はここにはいない。
…こういう少しバカな子初めて書いた。笑
ネタバレ設定↓
彼女・少女(佳奈)
記憶喪失の少女(18歳)。春から大学生。
今時珍しいくらい真っ直ぐな優しい子。
天然ふわふわのちょっとおバカ。
優秀すぎる兄と比較されて育ったため、自分のことを卑下しがち。
なんか話し方が独特。
兄の大学に届け物をした時に、迷子になってるところ彼(幽霊)と出会い、その後付き合うことになる。
しかし彼とのことが親にバレ、大反対されて大喧嘩。家を飛び出したところを車に跳ねられ、咄嗟に庇ってくれた彼のお陰で助かった。
が、突き飛ばされた際強く頭を打ったせいで一部記憶喪失に…
彼の持つ優しい雰囲気(彼女談)に一目惚れしたのは、実は2回目である。
彼(幽霊)
佳奈の3つ歳上の彼氏。
故人であるため年齢は20歳で止まっている。
無愛想で不器用だけど、とても優しく面倒見がいい。
実は派手な髪色は、中途半端な色の地毛(焦げ茶色)を先生に注意された腹いせで染めたという天邪鬼な理由から。
以来なんか見慣れてしまい変えてないだけで、別にヤンチャしてたわけではないらしい(本人談)。
佳奈のことが心配でずっと見守っていたが、急に彼女に見えるようになって驚いている。
彼女の兄とは前から面識あり。
本当に幽霊にしようか、意識不明で入院してて幽体離脱してるだけにしようかは決めてないけど、まぁ、短編なのでそこはお好きに決めてください。笑