フィブと森の魔女
なんだかちょっと、夏の太陽が黄色い気がします。
赤ちゃんが夜中にあんなに度々起きるのだとは知りませんでした。
フィブとミーアは生まれたばかりの小さな塊に振り回される日々を送っていました。
いつもこぎれいに整えられていて、ミーアの焼くお菓子の甘い匂いが漂っていた新婚の家は、すっかりどこかに行ってしまいました。
産後で身体が思うように動かせないミーアは、初めての子育てに神経をすり減らしていて、最近はフィブに笑いかけてもくれません。
フィブもなるべく家事を手伝うようにしているのですが、残業をしなければならない日々が続いているので、毎日家に早く帰れるわけではありません。村の水力発電所を作る仕事が大詰めで、工事現場と役場の連絡や調整に走り回っているのです。
はぁ~、なんか疲れた。
一日中汗だくで動き続けていた身体は、癒しを求めていました。
フィブは真っすぐに家の方向には向かわずに、ふらふらといつもは通らない森の道に入り込みます。
木漏れ日が射し込む暗い森の中に、腰かけて休めるようなちょうどいい切り株がありました。
やれやれ。
よっこらしょと腰を掛けて、汗で濡れた眼鏡を拭いていると、森を渡る涼やかな風と共にどこからともなくフィブを呼んでいるような声が聞こえてきます。
ん? 誰だろ?
耳を澄ましてみましたが、物理的な音が聞こえたわけではなさそうです。
どこか身体の、心の中に響いてくるような呼び声でした。
フィブはその呼び声に応えるように、木々の間を歩いていきました。すると森の奥まったところに見たこともない家が建っていたのです。
小さな頃から野いちご村の森を歩き回っているフィブが知らない家なんて…そんなことがあるのでしょうか? 役場の住民台帳にだって、載っていないに違いありません。
おそるおそる家の中を覗いてみると、向こうからも誰かがフィブの方を見ていました。
ワッ!
心臓が飛び上がって喉から出てくるかと思いました。
女の人だったよな。こんな森の奥深くに?
一人で住んでいるんだろうか…?
「フィブ・ランディね。お入りなさい。」
玄関の扉がガチャリと開いて、綺麗な女の人が手招きしています。
「な、なんで僕の名前を知ってるんですか?」
女の人はクスリと笑って言いました。
「私、魔女だから。」
いつもは冷静で用心深いフィブでしたが、その時は何を思ったのか魔女に招かれるままに家の中に入ってしまいました。
正面に大きなかまどがあり、グツグツとスープのようなものが煮えています。火を使っているのに、ちっとも暑くない部屋でした。むしろひんやりしています。
「さ、ここに腰かけなさいな。スープをふるまうのは久しぶりよ。コプリたちはのんびり生活してるから、あまり必要ないのね。」
「あ…りがとうございます。」
目の前に出された器に入っているスープは、なんとも食欲をそそる匂いがしていました。フィブは側に置いてあった木のスプーンを使って、ひとさじスープを口に入れました。
なんという美味しさでしょう!
疲れた身体にじんわりと浸み込んでくる不思議な力があります。
フィブは夢中でむさぼるようにスープを飲み干しました。
「ごちそうさまでした!」
フィブが笑顔で顔をあげると、そこはさっき座った森の切り株の所でした。魔女だと言った綺麗な女の人もいなくなっていましたし、ひんやりと涼しい家も、スープの入った器も何もかもありません。
……きつねに…化かされたのか、な?
けれど立ち上がって家に帰ろうとすると、なんだか身体が軽いのです。首をかしげなから家までたどり着いたフィブは、またイライラしたミーアの声が聞こえるのではないかと、げんなりしながら玄関の扉を開けました。
するとケーキの匂いがするのです。
「フィブ、おかえりなさい。お疲れ様! 今日はチーズケーキを作ったのよ。」
何日かぶりのミーアの満面の笑顔でした。
いったいミーアに何があったのでしょう?
それを聞きたかったフィブでしたが、ミーアの方もフィブの笑顔に驚いていました。
「魔女にスープをもらったんだ。」
「魔法使いにジュースをもらったの。」
お互いに理由を打ち明けてみて、またびっくりしました。
野いちご村には、不思議なことが起きるんですね。
それからはフィブとミーアも頑張り過ぎないことしました。
頑張り過ぎないと言えば、ルド・パタバーの夏休みの宿題は…ふふっ、これは困ったことに頑張っていないようですよ。