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チェリーの忙しい日

 今日も暑い夏の日です。

けれど朝から吹き始めた風が、野いちご村に淀んでいた火照った空気をかきまわしていました。


チェリーはホスピ先生の病院へ二日間アルバイトに行きましたが、患者さんはブルーベリー村の腰が曲がったおばあさんと野いちご村のミスミさんだけでした。

ウエストばぁさんは、腰が痛むので湿布薬を定期的にもらいに通っているようです。


ミスミさんは山仕事に行った時に、先日の雨で陥没していた場所で足を滑らせて、足首を挫いたそうです。

右足の甲のところまで赤黒くパンパンに腫れあがっていました。

こういう時の湿布や包帯の仕方などは、チェリーの得意分野でしたので、ドクトル・ジバコの指示がでるとサッと処置ができました。

奥さんのポーラさんが満足そうにチェリーの仕事ぶりを見て、褒めてくれました。

けれどドクトルは何も言いません。


あの人…何を考えてるんだかわからないのよね~。



日曜日なので大工をしている父親のウェイと弟のルドは、朝早くから一緒にベリー湖へ魚釣りに行っています。


「今夜は(マス)のバター焼きだね。」


やる気満々の二人が出かけるのを見送った母さんのラフは、魚料理に合う付け合わせの野菜を採りに、笑いながら裏の畑に出ていきました。


チェリーは朝ご飯の片付けが済んだので、自分の部屋のベッドに座ってゴロリと寝転びます。後ろでくくっている髪が邪魔になったので、ゴムを外して手でもてあそび始めました。


もじゃもじゃの髭がなくなったドクトル・ジバコの顔は、ただの若いお兄さんになっていました。

あの髭がミステリアスでよかったのです。山奥に住んでいるという伝説の巨人、トールにも見えましたし、都会から逃げてきた来た犯罪者かもしれないと想像をかきたてられました。

あまり口数の多くないその辺にいる背高のっぽのお兄さんでは、想像の余地がありません。


病院の仕事を始めた日、チェリーはそんな風にドクトルの髭を惜しむ気持ちでいっぱいでした。


けれど昨日ポーラから、ドクトルが人族との混血だと聞いた時に、再び想像の羽が広がるのを感じました。


ドクトルのお父さんとお母さんはどうやって知り合って、どんな恋をしたんだろう…。

コプリ族と人間が出会う機会なんて、あるんだろうか?

そしてお互いが惹かれ合うなんて、とても稀な現象だろうな。


チェリーもお年頃なので、そんなことが気になるのでした。

村の学校には赤ちゃんの頃からの知り合いしかいません。そのため皆、十五歳の成人式を終えると、他の村との婚活パーティーに出るようになるのです。

チェリーの両親もお向かいのリバロ先生夫婦もそんな婚活パーティーで知り合ったカップルです。

隣のランディさん夫婦は昔からの幼馴染同士で結婚しました。野いちご村の学校では有名な仲良しカップルです。



その時、外からお隣のフィブ・ランディの大声が聞こえてきました。

いつも冷静なフィブにしては、焦りを含んだ声に思えます。


「パタバーさん! ラフおばさん、いますか?!」


「はぁい。ちょっと待って~。母さんは裏の畑にいるの。」


チェリーはベッドから起き上がって、二階から窓越しにフィブに声をかけると、急いで階段を降りて裏の畑まで走って行きました。



「母さん! フィブが呼んでるよ~。」


野菜を採るついでに陰になったところの草取りをしていたパタバー母さんは、勢いよく立ち上がりました。

その拍子にエプロンに入れていたカボチャがゴロンと転がりました。


「まぁ! きっとミーアが産気づいたんだよっ。チェリー、病院へ行ってドクトル・ジバコとポーラに声をかけて! それから村役場の向こうのランディさんちに行って、ドンナを呼んできなっ。」


ドンナさんというのはフィブの実のお母さんです。つまりミーアにとっては姑さんになります。

お嫁さんであるミーアの家は村外れの森の近くにあるので、フィブの家の人に連絡を頼むしかありません。

こんな時に村長さんの家の黒電話のようなものがあったらいいんですが…。

野いちご村には、まだ村長さんの家とお医者さんのポスピさんの家にしか黒電話がないのでした。



フィブに話を聞くと、やはり赤ちゃんが産まれるようです。ミーアは痛みが酷くて、ウンウン唸っているそうです。

パタバー母さんはすぐに支度をしてお隣りへ行きました。チェリーは父さんの大きな自転車にやっとこさ乗って、病院へ向かってペダルをこぎ始めました。


帽子をかぶるのを忘れたので、太陽に照らされて頭がジンジン熱くなります。髪もまとめていないので、風に吹かれた髪の毛があちらこちらに舞い上がりました。

チェリーは汗だくになって病院へ着きました。けれど休日だったので正面玄関の扉は閉まっています。


「ドクトル! ポーラさん! 急患でぇーす!」


ブザーを押しながらチェリーは叫びました。

奥の方からスリッパの音がしてガチャガチャと玄関の鍵が回されたかと思うと、ドクトル・ジバコが出てきました。


ドクトルはチェリーの真っ赤に茹であがったような顔や振り乱した髪を見て、目を見開いて驚いています。


もう!

そんなに落ち着いて突っ立ってる場合じゃないんだってばっ。


「ミーアが、ミーア・ランディさんが産気づきました! 往診をお願いします。私はこれからランディの本家へ知らせてきますからっ。」



ドクトル・ジバコに向かって、チェリーは一息に言いたいことを叫ぶと、すぐに大きな自転車の向きを変えて走り出しました。


その後ろ姿をドクトル・ジバコがずっと見ていたなんて、気がせいていたチェリーは思ってもみませんでした。

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