ドクトル・ジバコの診察室
ホスピ先生の家は村の中央広場に面していました。
診察室の窓からは広場の向こうにある村役場の半鐘台がよく見えます。赤く塗られた鉄骨で櫓が組まれた高い半鐘台のてっぺんには、大きな鐘がぶら下げてありました。火事の時にはあの鐘がカンカンと鳴らされるのでしょう。
ドクトル・ジバコはゆったりした革張りの椅子に腰かけて、患者さんのカルテを一枚一枚読んでいました。
朝食の後ですぐに読み始めたのですが、あんまり難しい傷病の人はいないようでした。緊急性がある患者さんは、もう産み月が来ているミーア・ランディさんという十八歳の若奥さんぐらいです。
これは店屋のショップさんが言ったように、のんびりと仕事ができそうな村だな。
やっぱり「コプリ族」というのは身体が頑健なんだろうな。
街の医学院で教授が言っていたことを思い出します。
「コプリ族というのは、背丈がやや小さく、見た目が心持ち動物のように見えるという特徴を持っている。わが国では山間地に五百人ほどが生息しているが、自然の中でゆったりと暮らしを営んでいるようだ。身体能力は高く、精神状態も前向きで朗らかな性質を持っている。彼らを診察をするようなことがあったら、ぜひ詳しい疾病記録を取って、医学院の研究室に送って欲しい。コプリ族の記録が少ないので、貴重な研究資料となるだろう。」
アラン自身もシェパード犬に似たコプリ族の母親がいるので、教授のこの話を興味深く聞きました。そのため医学院を卒業して三年になるのに、未だによく覚えています。
アランは人間とコプリ族の混血ということになるのですが、背丈は父親に似たのか人間の中でも高い方です。ただ滅多に病気をしないのは、コプリ族の母親に似たのだと思われます。
自分の姿かたちに特に動物的な特徴はありませんが、同級生にはドーベルマンのようなしなやかな動きをするとよく言われていました。
アランが読んでいたカルテを棚にしまっていると、軽いノックの音がしてホスピ先生の奥さんが診察室に入ってきました。
「ドクトル・ジバコ、先日お話したアルバイトのチェリー・パタバーを紹介しますわ。今日から看護助手として病院の手伝いをしてもらいます。」
野いちご村にやって来た日に会った、わんぱく坊主のルドのお姉さんです。ルドの家の前で挨拶をした時にはあまり話をしませんでしたが、アナグマのようなすべすべした黒髪の毛並みが、太陽の光で艶々と輝いていたのが印象的でした。
今日も思わず触りたくなるような髪の毛を、後ろでひとくくりのポニーテールにしています。
「こんにちは! 今日からお世話になります。よろしくお願いします。」
ペコリとお辞儀をしたチェリーのポニーテールが、肩のところで弾むように揺れました。
まだ十三歳なので、成人するまで二年あります。
この子が看護士資格を取れるといいのですが…。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
アランが低い声で挨拶を返すと、チェリーの耳がピクピクと動きました。