パタバー母さんのお買い物
晴天の日が何日か続いたので、パタバー母さんは桃を買いに行くことにしました。
「こんな日に採った桃は、お日様の光をたっぷり浴びているから甘いんだよね。」
藤の買い物かごを右手にぶら下げて、麦わら帽子をかぶった母さんが街道を歩いていくと、森の奥からカッコーの鳴き声が聞こえてきました。
朝早くからジージーとうるさい蝉の声よりも涼し気に聞こえます。
「もうすぐ夏休みだね~。」
学校が休みになるとチェリーとルドが一日中家にいることになります。
チェリーはもう大きいので母さんの手伝いになるのですが、ルドが家にいると料理や掃除などの家事が二倍の忙しさになるような気がします。
ルドにはなるべく外へ遊びに行って欲しいものです。お向かいのホスが夏休みの宿題を真面目にやる子なので、よい感かを受けるといいのですが…。
母さんがショップさんの雑貨屋に来ると、ホスピ先生の奥さんのポーラがショップさんと立ち話をしていました。
ホスピ先生の家は、この村の中央広場に面しているので、ショップさんの雑貨屋にも村役場にも近いのです。
「こんにちは、ポーラ。」
「こんにちは、ラフ。いい天気ね。」
「本当に。今日も暑くなりそうだね。ショップさん、ドリーさんの桃は置いてある?」
ブルーベリー村のドリー果樹園の桃は甘くて果汁がたっぷりでとても美味しいのです。
ショップさんはポーラにちょっとすみませんと断って、パタバー母さんの相手をしてくれました。
「いらっしゃい、パタバーさん。桃は傷みやすいんで、奥の涼しい所に置いてあるんですよ。今朝採れたばかりの新鮮な桃がたっぷりありますよ!」
「それは良かった。十個ほどもらっていこうかね。」
「あら、それなら私も六個くださいな。アランにも食べさせてあげましょう。田舎じゃないと新鮮な採れたての桃は食べられないからねぇ。」
「毎度ありがとうございます。」
ショップさんはパタバー母さんとポーラに、ニッコリと笑って、桃を取りに行ってくれました。
それにしてもポーラが言ったアランというのは誰でしょうか?
もしかしてルドやチェリーが言っていた新しいお医者さんのことなのかしら?
「ポーラ、アランというのはドクトル・ジバコのこと?」
「ええ、そうよ。うちに一緒に住んでるの。まだ二十一歳だからお嫁さんが来るまではうちにいればいいじゃないって言ってるのよ。」
「まぁ、二十一歳?! 意外と若かったんだね。うちの子ども達は三十歳は過ぎてると言ってたけど…。」
「フフフ、船からルドたちと一緒にここまで来た時には髭を剃ってなかったからね。私も最初に会った時には驚いたわ、髭もじゃで。」
「ということは、今は髭を剃ってるんだね。」
「ええ。あの時は山登りから帰った足でそのままこっちへ来たらしいの。ねぇ、話は変わるんだけど、あなたのところのチェリーを看護士にするつもりはない? 私も、もう二年ほどしたら引退しようかと思ってるの。うちの主人もそのくらい引継ぎをしたら、アランも医者として一人前になるだろうって言ってるわ。そうしたら山の別荘へ二人で引っ越すつもりなのよ。」
まぁ、ポーラも看護士を引退するつもりだったなんて、驚きです。
村の皆は長年、ホスピ先生夫妻にお世話になってきたので、寂しい話でした。
ホスピ先生が六十歳の定年になるのなら、二つ年下のポーラももう五十八歳なのよね。二人ともいつまでも若々しいから、歳のことなんてすっかり忘れてしまっていました。
「チェリーねぇ…。あの子が看護士になんてなれるのかしら?」
「大丈夫よ、チェリーなら。ルドの手当てをするのに、私が何度も包帯の巻き方なんかを教えたことがあるし。上手いもんよ。」
なんとこんなところにルドが貢献しているとは思ってもみませんでした。
チェリーが看護士になって村に住んでくれれば、それは母さんたちにとっても、いい話です。
「帰ってチェリーに相談してみるよ。」
「なんだったら夏休みに病院の手伝いをしてくれれば、おこずかいも稼げるし看護士の仕事もよくわかるよって言っておいて。もしやる気があるなら、九月からは私たちが勉強も教えるわ。」
ポーラはだいぶ前から考えていたのかもしれませんね。
もうすっかり計画ができあがっているようです。
パタバー母さんは桃を買うと、家に帰りました。
カゴの中から桃のいい匂いが立ち上って来ます。
母さんはこれからのことを考えて、なにやらウキウキしてくるのでした。