ルドとホスの森の池
三日前の集中豪雨は、どうも長い梅雨の最後の爪痕だったようです。
山の奥で土砂崩れが見つかりましたが、幸いなことに野いちご村は無事でした。
今日はすっかり梅雨が明けたらしく、野いちご村は朝からカンカン照りの暑い一日になりました。
「あ~あ、やっと外で遊べるぞ!」
学校からの帰り道、ルド・パタバーは向かいに住んでいる同級生のホスに、家にカバンを置いたらオヤツを持ってベリー湖に行こうと誘いました。
ホスはちょっと考えると、すぐに先生のようなことを言いました。
「まだ湖の水位が高いから、ボートは危ないんじゃない?」
「チェッ! ホスはリバロ先生に似てきたな。」
幼馴染みのホスは用心深いのが玉に瑕です。
「そりゃあ親子だもの。」
「そういう意味じゃないってば…。いいよ、じゃあ森に蛙の卵を見に行こう! 森のため池に、今年もモリアオガエルが卵を産んでるか、確かめに行ってみない?」
ルドは代案を出しました。
ホスは理科が好きなので、こういう話には目がないのです。
「ふーん、それはいいね。今日は暑いから森の中の方が涼しいよきっと。」
森のため池はベリー湖から流れ出る支流のササラ川に繋がっています。
野いちご村の店屋のショップさんはポンポン船に乗って、湖から流れ出るササラ川を下り、ロング大河に出て、川下の街まで商品を仕入れに行くのです。
準備を整えたルドとホスは、肩掛けカバンの中にオヤツを詰め込んで、二人で村の街道を湖の方へ歩いていきます。
街道には所々に大きな水溜まりができていました。
ルドがその水溜まりを飛び越えたり、運動靴でジャバジャバと水を蹴立ててみたりしている時にも、ホスは安全な道を知らん顔して歩いていきます。
そんな全く違う性質の子どもでしたが、生まれた時から一緒に育ったような二人でしたので、お互いのことを空気のように思っていましたし、相手がどんなことを考えているのかよくわかっているのでした。
歩いていく先に、日差しにキラキラ輝いているベリー湖が見えてきました。青い水面の上で光が踊っているように見えます。
「綺麗だなぁ~。」
「そうだね。ホス、こっちだよ!」
感動してぼんやりと突っ立っているホスを促しながら、ルド・パタバーは湖に沿って整備されている周回道路を、右手の方に進んでいきます。
黄色いキンポウゲの花が道ばたの土手一面に咲いていました。森の中からチュクチュクチュと小鳥の鳴き声が聞こえてきます。湖を渡ってくる風はすがすがしい水の匂いを運んできました。
「もうすぐ梅雨が明けるから、卵から産まれたオタマジャクシがため池に一杯になってるかも知れないね。」
「えー、そうなの? じゃあ木の枝に泡みたいにくっついてる卵の塊は見えないんだ~。」
それは残念です。
ルドは大きな乳白色の泡の塊を見たいと思っていたのです。
ホスの説明によると、池の近くに張り出した木の枝にくっついている泡は、乾燥すると周りが紙のように固くなるそうです。その固くなっている泡の外側が、雨に濡れてやわらかくなると、オタマジャクシが泡のゆりかごを離れて、池の中にポトンポトンと落ちていくのだそうです。
モリアオガエルの親は森の中で生活しているのですが、オタマジャクシの時は水の中にいるんですね。
湖の周回道路から外れて、細い小道を歩いて薄暗い森の中に入って行くと、湿った木の匂いがしてきました。
ルドとホスは一列になって森の奥に歩いていきます。
この道は行きかう人が少ないので、所々に小さな木の芽が生えてきていました。それをなるべく抜いておくのです。そうしておかないとあっという間に道はなくなって、森に返ってしまうのでした。
ルドが木の芽を二十本も抜いた頃に、やっと森のため池に着きました。
池のそばの開けた土地に木の切り株がいくつかあるので、二人はそこに座って、肩掛け鞄に入れて持って来たオヤツを食べることにしました。
「俺、手を洗ってくるよ。」
ルドは汚れた手を洗いに池まで行きました。
するとたくさんのオタマジャクシが、お日様の光で温もった水の中を泳いでいます。
「ホス! ホース! オタマジャクシがいっぱいいる! スッゲー。」
興奮したルドの声に、ドーナツを一口かじったホスが、口をモグモグさせながら走って来ます。
「うわぁ、すごい数だね!」
明るい日差しの中で泳ぐオタマジャクシは、誰かにぶつからないと泳げないくらいウジャウジャいました。
中にはもう手足が生えている者もいます。
二人は夢中でチョロチョロ動くオタマジャクシを見ていました。
しばらくしてルドのお腹がグゥ~と鳴ったので、二人は笑いながらもう一度切り株の所に戻って、オヤツの時間にすることにしました。
「あそこの池にせり出した木の枝のところを見て! 卵の跡がいっぱいくっついてる。」
ルドはパタバー母さんが作ってくれた味噌味のお焼きを食べながら、ホスが言っている木の枝を見てみました。
ホスが言う通り、木の枝が所々真っ白になっています。卵がかえった後のしぼんだ泡がくっついているようです。
「泡が大きく膨らんでる時に見たかったなぁ。」
「今年は雨が多かったからね。来年はもうちょっと早めに見にこよう。」
「うん。」
ルドたちに同意するように、蛙の鳴き声が聞こえてきます。
カララ カララ コロコロ クックック
森中の蛙たちが一斉に鳴き止むと、シーンとした静寂の合間をぬってポンポン船の音が聞こえてきました。
「あれ? 月曜日じゃないのにショップさんの船の音がする。」
村の雑貨屋のショップさんは決まって月曜日に船を出すのです。
「まだ雨が降ってたからじゃない?」
「そうか、あの豪雨の日って月曜日だったっけ?」
ショップさんの船が戻って来ると、店に新しい品物が増えます。
ルドはホスの顔を見ました。
二人とも考えていることは同じです。
「船着き場から荷物を運ぶのを手伝ったら、キャンディーがもらえるかもしれないぞ。」
「新しい雑誌が来たかもしれない。」
「ヨシッ、行こう!」
二人は鞄を肩に掛けると、飛ぶように森の小道を走って行きました。
ところがショップさんは、一人じゃなかったのです。
ルドとホスは船着き場で、とても驚くことになるのでした。