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野いちご村の星祭り

 8月の中日になる今夜、野いちご村では星祭りがあります。村の広場で歌い踊って、暑気払いをするのです。

チェリーが病院を出た時には、広場の中央に大きな(やぐら)が組まれていました。ショップさんが、村の青年団の人たちや屋台の人たちに、そろそろ開店するようにと言ってまわっています。


わー、もうほとんど準備ができてる!

早く帰って浴衣に着がえなきゃ。


チェリーはいそいそと家への道を急ぎました。

村の街道は夕暮れの優しい光に照らされていました。夏の盛りだった頃とは違って、今日は涼やかな風が吹いています。

この星祭りの夜が終わると、野いちご村も秋の様相に衣替えしていくのです。

気が早いトンボが何匹か茜色の空を舞っていました。



「ただいま~」


「おかえり! もうすぐご飯が出来るよ。先にお風呂に入っておいで。」


「はぁい。」


パタバー母さんの声も弾んでいます。二階に上がる前に台所をチラリと見ると、父さんが刺身をつまんで、早くも一杯やっていました。赤くなった顔でニヤリと笑って、チェリーに「お疲れさん」と声をかけてくれました。


チェリーも笑いながら階段を登って自分の部屋へ入りました。

お風呂に持っていく服を用意していると、弟のルドが浴衣を着て、片手に青い帯を持って部屋に駆けこんできました。


「お姉ちゃん、帯が結べないよ~。後ろを結んでくれる?」


人前でカッコつけたい時は「アネキ」と呼ぶくせに、こんなところはまだまだ可愛い弟です。


「はいはい。あっちむいて。」


もうお風呂に入ったのでしょう。ルドのお腹に帯を回すと、温かい石鹸の香りが漂ってきました。


「ありがと。今日はホスと先に行くからね! お姉ちゃんはウェンディやニコラと一緒に来る?」


「うん、後からゆっくり歩いて行くよ。」


男の子たちは早く広場に行って射的やヨーヨー釣りをしたいのでしょう。小さい頃は手を引いてやって一緒にお祭りに行っていましたが、学校に行くようになると ルドは友達と行動することが多くなりました。



チェリーがお風呂に入って支度をして、祭り寿司やお刺身などの夕食を食べ終えた頃に、お向かいのウェンディたちがチェリーを誘いにやってきました。


「こんばんは! チェリー、もう行ける~?」


「うん、すぐに出るよ。」


チェリーはパタバー母さんに帯のリボンをもう一度チェックしてもらって、赤い袋を持つと、玄関まで急ぎ足で出ていきました。

ウェンディは新しい浴衣を作ってもらったようです。濃紺の地に色とりどりのアサガオの花が咲いた少し大人っぽい浴衣を着ていました。

ニコラは去年と同じドーナツの絵が入っている柄の楽しい浴衣です。食いしん坊のニコラらしいですね。


「チェリー、帯を変えたのね。」


「うん、金魚の柄に合わせて赤色にしてもらったの。去年はへこ帯だったけど、今年はちょっと大人っぽく後ろを結んでもらっちゃった。」


「私たちも13歳になっちゃったものねぇ。後二年で大人かぁ。」


「ねぇ、お姉ちゃんたち。早く行こうよう! わたあめ食べたい。」


「フフ、はいはい。」


ニコラの食い意地にはかないません。去年はたこ焼きに、焼きそば、フランクフルトと食べ歩いてましたからね。

今年はかき氷は一杯だけにしなさいと言っとかないと。またお腹を壊されたら、チェリーも病院についていかなくてはならないでしょう。

星祭りの夜に仕事をするのは勘弁して欲しいです。




◇◇◇




 村の広場に着くなり駆け出したニコラを、ウェンディと二人で追いかけようとしていた時に、チェリーは声をかけられました。


「チェリー、こんばんは。」


この低い声は…やっぱりドクトルジバコです。ポーラさんにホスピ先生の浴衣を着せられたのでしょう、白地に黒の井桁の模様が入っている渋い浴衣を着ています。腰の低い所で結んだ黒帯がいなせなあんちゃんのように見えて、いつもの静かで落ち着いたドクトルの雰囲気ではなくなっていました。


「こんばんは、先生。浴衣、似合ってますよ。」


「…そう? 君も…可愛いね。」


「ありがとうございます。」


面と向かって可愛いと言われると、ちょっと照れてしまうなぁ。なんだかいつもの仕事の時とは違って、ドクトルの顔がまともに見られない。



「君も踊りや歌に出るの?」


「ええ、全員参加ですから。婦人会の踊りと学校の生徒も参加する合唱に出ます。」


「僕も…合唱の後に独りで歌えと言われてるんだ。」


「そうなんですか?! それは楽しみです。」


うわあ、ドクトルの歌なんて想像がつかないな。誰が頼んだんだろう? ショップさんかな、ポーラさんかもしれない。



ニコラがわたあめを買って戻って来たので、皆で他の店を見て回ることにしました。すれ違う村の皆の顔がうきうきと輝いています。ニコラは顔中をわたあめの中に埋めるようにしてパクパク食べています。前が見えないのでウェンディとチェリーが袖を引っ張って、人にぶつからないように誘導していました。


射的の店の前に人だかりがしていたので覗いてみると、弟のルドとミーアのお父さんのハンターさんが腕比べをしていました。ハンターさんはプロの猟師なので勝てっこありません。


「おかしいな。もう一回やろう、ルド。」


「ハンターさんは狙いどころが悪いんだよ。あの大きな箱を落とすにはコツがあるんだ。」


あら、意外にもルドが勝ったようです。


「ルド、代わってくれないか?」


ドクトルジバゴが腕まくりをして出て来たので、周りの皆がはやし立てました。


「いいぞ、ドクトル!」

「ハンター、今度こそ負けるなよー。」


「先生にゃあ、負けられませんぜ。鉄砲と注射器じゃあ、やり方が違いましょう。」

 

ハンターさんもやる気満々で構えます。射的屋の主人も笑いながら、集中力をそぐために手前の草の仕掛けを動かしました。


パン、パンッ!


二人の鉄砲から(たま)が発射されます。

「わぁー」と歓声が起きました。


なんとドクトルジバコの弾が景品を落としたようです。ハンターさんが打った弾は(まと)の中心に当たっているのに、景品はちょっと揺れただけで踏みとどまってしまったようです。

ハンターさんは悔しそうに「クソッ!」と悪態をついていました。


「ハンターさんは腕が良すぎるんだよ。」


ドクトルがわからないことを言って、ハンターさんを慰めています。

どういうことか聞いたら、的の中心に当てるよりもバランスを崩した方が景品が落ちやすいのだと、ドクトルが言っていました。

なるほど、コツがあるんですね。



「婦人会の踊りに出る人は、(やぐら)の周りに集まってください!」


村長さんの奥さんの掛け声で、女の人たちがぞろぞろと移動を始めました。ウェンディとチェリーも、ニコラをドクトルに預けて、皆のところに行きます。


さぁ、いよいよ星祭りの本番です。


チェリーの心臓はドキドキと音を立て始めました。

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