ルドの夏休み
降るような蝉しぐれが聞こえてくる森の中を、ルド・パタバーは走っていました。
野いちご村の広場でラジオ体操をした後、森のため池まで行ってみることにしたのです。
友達のセスを誘いましたが、今日は家族でブルーベリー村のおばあちゃんの家に行くらしく、一緒に遊べないと言われてしまいました。
ルドは夏休み前にセスと見に行ったオタマジャクシがどうなったのか、確かめてみようと思ったのです。
森に入った時には、朝の木漏れ日が射す小道を気持ちよく歩いていたのです。
けれど蝉がジジッジジッと鳴きながら、一匹、二匹と飛び立つ音を聞いて振り返った時、ルドの目に映ったのは真っ黒な獣の影でした。
ガサガサと草を踏む足音も聞こえてきます。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ルドは走りました。
息が切れて、足がもつれそうになりながらも走り続けました。
汗が全身を伝っていきます。
「ハァ、ハァ、ハァ。」
森のため池があるところまで来て、やっと走るのを止めて後ろを振り返って見ましたが、何も追いかけてきていません。
「はぁ~、ビビった。なんだよあれ、何だったんだろう?」
空地の切り株に腰かけて、額からダラダラと流れてきている汗を着ていたTシャツで拭いました。
「そうだ。オタマジャクシを見に来たんだよ。」
当初の目的をすっかり忘れるところでした。
ため池に近付いて中を覗いてみましたが、あんなにウジャウジャいたオタマジャクシが一匹も見つかりません。アメンボが一匹、水の上をツーイツーイと滑っていきました。
「もうみんな蛙になっちゃったのかなぁ。」
ミーンミーン、シャンシャンシャンシャン。
蝉の鳴き声が森の中にこだましています。
そこに「クゥ~ン。」という、場違いな鳴き声がしました。
ルドがハッとして振り返ると、そこには黒色の犬が情けなさそうな顔をしてたたずんでいました。
「犬?! さっきの奴かな…?」
ルドはがっくりと力が抜けました。
恐怖にかられてものすごい勢いで逃げていた自分の姿が、ひどく滑稽に思われたのです。
誰にも見られてなくて良かった。
お姉ちゃんのチェリーに見られていたら、大笑いされるところです。
やれやれ、朝からとんだくたびれもうけになってしまいました。
ルドはベリー湖の方をぐるりと回って、家に帰ることにしました。
木切れを拾って、道端の木を打ち付けながらブラブラと歩いていると、後ろからカサカサと足音がしてきます。チラリと見ると、あの黒い犬がルドの後をついて来ているようです。
「シッシッ!」
木切れで脅すと犬はそこにとどまるのですが、しばらくするとまた何メートルか後ろにいるのです。
なんだよ、あいつ。
腹でも減ってんのかな?
湖の畔の道を通って、村の街道に出て、ルドの家が見えてきた時にも犬は後ろにいました。
ルドが玄関のドアを閉める時に、犬と一瞬目が合いました。
後ろ髪を引かれるような気持ちで、ルドは玄関の扉を閉めました。
ガチャリといやに大きな音がしたように思いました。
それからのルドは犬のことを忘れようと、朝ご飯を腹いっぱい食べ、パタバー母さんがびっくりしたことに夏休みの宿題までやって、二階の自分の部屋に上がっても窓の外を見ないようにしていました。
けれど、とうとう我慢できなくなったのです。
階段を駆け下りて、玄関のドアを開け、家の外に走り出てみると、そこには犬がいませんでした。
空っぽの、夏の光に照らされた白い街道だけが続いています。
それからすぐに街道を走り、森の中の道まで行ってみましたが、ルドは二度とあの黒い犬に会うことができませんでした。