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9.人間の街へ2

「……」


 思わず絶句して見返す。

 男性はつかつかと、わたしに歩み寄って来た。

 すぐ側まで来て、呆れたような口調で言う。


「魔の森のかなり奥だというのに、こんな少女が…。人間には違いないようだが。迷い込みでもしたのか?」


 わたしは半ば呆然として男性を見返した。

 年の頃は、十代後半から二十才前後? この世界の成人年齢が早いみたいだからか、年の割に落ち着いて見える。

 …とは言っても、わたしから見たら、遥か年下の坊やだけどね…。精悍な印象のイケメンなのに残念だ。

 身長はわたしより、少なくとも頭半分以上は高い。


 この世界で初めて接近遭遇した人間は、黒髪に黒い瞳で、顔立ちもなんとなくのっぺりして、どことなく日本人ぽく見えた。

 服装は上下とも基本はわたしと同じような感じで、Tシャツっぽく見える着衣に皮の胸当てを着用し、大きな長剣を背負っている。腰のベルトには他に短弓とナイフも付けているようだ。

 ズボンは丈夫な感じの生地で、皮の短ブーツを履いている。


「…言葉が分からないのか?」


 男性は焦れたような、半ば心配しているような様子で更に告げた。


 わたしは慌てて返事をする。


「あ、言葉は分かります。こんな所で人に会うなんて、吃驚しちゃって」


 そういえば言語は日本語…なのだろうか? わたしには日本語にしか聞こえないし、他の言語を喋っている気もしないが…。

 まぁ、異世界のことだ。深く考えるのは止そう。


「それはお互い様だ。こんな場所で、こんなか弱そうな少女に出くわすとは思いもしなかったからな」


 男性が嘆息しながら言う。

 そういえば探知魔法を展開していたのに、この男性の接近に気付かなかったという事は、彼も隠蔽魔法を使えるんだろう。

 服装からして冒険者ぽいようだし、それならば隠蔽と気配探知は冒険者に必須の魔法スキルらしいから、別におかしな事ではない。


「魔の森に迷い込んだのか? それなら人里まで送るが」


 この大森林は、人間からは魔の森と呼ばれているらしい。魔物の生息数が多いからきっと安直にそう呼ばれてるんだろう。


 わたしは男性の親切な申し出に、首を横に振った。


「ご親切にどうもありがとうございます。連れと一緒なので大丈夫です」


 男性は、そうか──と、ちょっと安心したように微笑んだ。

 それから、わたしの手のダーツと、的を見て言う。


「投擲の練習か。先ほど投げる様子を見たが、腕の振りが大き過ぎるのではないか」


「え、そうですか?」


 男性が腕組みをして頷く。


「投擲武器は、いかに素早く投げられるかが勝負を分ける。魔物の姿を見つけてから、そんなに腕の振りを大きくしていたら、投げる前に目の前にまで来てしまうだろう」


「そうなんですか…」


「出来れば手首だけで投げられるのが理想だな」


 わたしは男性の前でダーツを肩の辺りで構えると、殆どノーモーションで手首のスナップだけで投擲して見せた。

 足りない分の勢いは風魔法で補う。

 投矢は的のど真ん中に命中した。


「…こんな感じですか?」


「ああ。大したものだ」


 腕組みをしたまま、殆ど表情を変えず、男性は言うと更に続けた。


「風魔法の補助が出来るなら、もっと手早く投げられるようになるだろう。この調子で修練を続ければ、かなりの腕前になりそうだな」


「褒めて頂いてありがとうございます」


「君は、冒険者なのか?」


 わたしは男性の問いに首を横に振った。


「まだ登録はしていません。どこか近くのギルドの在る街に行ったら、登録するつもりではいますが」


「そうか。ここから最も近い街は、南に在るヴィクシスバリーだな。大陸の北方開拓の最前線基地の、大きな街だ。普通に歩けば大人の男でも、十日はかかる距離だが…」


「では、そこを目指すことにします。教えて頂きありがとうございます」


「礼には及ばない。それでは、縁があったらまた会おう」


 男性はそう言い残すと、さっと身を翻して、もと来た方向へと去って行ってしまった。

 足音も無く、人間離れした軽やかな身のこなしで、あっという間に姿が見えなくなる。あれがこの世界の冒険者のデフォなのか。それとも身体強化の魔法でも使っているんだろうか。


 わたしも身体強化は使えるように練習した方が良さそうだ。十代の小娘の体力のままでは、冒険者稼業はキツいだろうし。


 魔法で大抵のことは何とかなるから、無理に冒険者などして働く必要は無さそうだけれど…先代竜の記憶を見る限り、エルダードラゴンは人間に変身してまで、人間に関わったりしていた。

 それはきっと、何万年にも及ぶ長い生の中の、僅かな退屈しのぎに過ぎないのかも知れないけれど。でも、その退屈しのぎが或いはとても重要な時間であったのかも知れない。


 だからわたしはエルには、積極的に人間の社会に関わるようにしていこう──と思っている。何より先代竜はエルの道連れに『人間の』わたしを選んだのだ。ならばそうするのが良い選択なのだろうと思う。


 

 男性の姿が見えなくなってから、エルが木々の間から茂みをかき分けて現れた。


≪今の人間、だれ?≫


 姿を隠して様子を伺っていたのだろう。エルにかけておいた隠蔽魔法のおかげで、男性には気付かれなかったようだ。


「さぁ? 冒険者みたいだったけど」


 かぶりを振って答える。そういえば、男性の名前を聞いていなかった。

 まぁ、街とやらに行って冒険者になれば、また会うこともあるかも知れない。縁が会ったら、と彼も言っていたことだし。


 …ん? 縁…? ──確か元の世界では、仏教が由来の概念だったと思ったが。この世界でもそういった概念があるのだろうか。

 先代竜の知識でもよく分からなかった。人間の営みについては外から見たことしか分からないと言っていたし。街に行っていろいろ調べてみれば、そのうち分かるだろう。


≪それより、お腹減ったー。何か食べたい≫


「はいはい。朝ごはんの前に、顔を洗ってね」


≪えー≫


 不満気なエルの顔に、水魔法の水滴をかぶせる。


「ぴぎゃ!」


 悲鳴ぽい声をあげるのには構わず、わたしはエルの顔を両掌で柔らかく揉み洗いした。


 洗い終わる頃にはすっかり気持ち良くなったらしく、風魔法で乾かすと、機嫌よく


≪ありがとう! また洗ってね!≫


 とお礼を言う。わたしもすっかり嬉しくなって、朝食は気合を入れて作ってしまった。

 ──とは言っても、創造魔法で作ったパンケーキだけど。


 せっかくなので、テーブルと椅子も作成する。エルには切り株をモチーフにした丈夫な椅子にした。


「お行儀よくしてね。さ、頂きますして、召し上がれ」


≪イタダキマース!≫


 ホットミルクと一緒に勧めると、嬉しそうに食事を始めた。

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