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7.旅立ち4

≪もう、ルカってば、あんまり子供扱いしないでよ。それよりも、お腹空いちゃったよ。何か食べたい≫


「あれ、さっき『エルダードラゴンは魔素を取り込むだけで生きていけるから、食べ物自体が必要無い』って言ってなかった?」


≪そうだけど、お腹は空くんだよ。卵の中でも、ずぅっとお腹空いてた。何か食べたい。食べてみたい≫


 確かに先代竜の記憶でも、エルダードラゴンは普通に食事をしている様子があった。

 だから、先ほどエルに、私の片腕を差し出して、食べるよう言ったのだ。

 …さっきはワイバーンと戦った直後で、きっとわたしも頭に血が上っていたんだろう…。さもなければあんな怖い発想、出来る訳がない。

 腕一本、ドラゴンに噛み千切られるなんて…ううっ、もう二度と、想像もしたくない。


 エルはわたしの内心も知らぬ気に、更に続けた。


≪あれ、食べたい。ルカが前の世界で作ってた『オソウザイ』っていうの。コロッケとか、メンチカツとか≫


 ジャガイモやパンはこの世界にも在るようだし、お肉も当然、色んな動物や魔物、魔獣の肉が食べられている。だから食材さえ揃えばこの世界でも、惣菜をある程度、料理で再現することは可能だろう。


 でも今はそうした材料を揃える手段が無いから、創造魔法に頼る他に方法は無さそうだ。


「それじゃ、作ってみるね」


 伊達に十七年間、ひたすら作り続けてはいない。少しイメージすれば、慣れ親しんだ味と形が再現される。

 手掴みというわけにもいかないので、品物を作ると同時に、紙のトレーを適当にイメージしてその上に乗せる。


「はい、召し上がれ」


 差し出すと、エルは直接口でぱくりと噛み付いた。コロッケを一個、器用に咥えて、上を向いて口の中に入れる。

 それからもぐもぐと咀嚼して、ごくりと飲み込んだ。


≪なんか…なんか、すごくいい! 食べるって、こういうコトなんだ…! なんだかすごく…気持ちいい!≫


 目をキラキラさせて、更に次のコロッケをパクつこうとしたので、わたしは片手でエルの口をやんわり抑えた。


「それってきっと『美味しい』って感覚なんだと思うよ」


「ぴ?」

≪オイシイ?≫


「ええと、味覚っていうもの。先代竜の記憶でも、食べ物の好き嫌いはあったみたいだし。ちゃんと味が分かるんだね」


≪ええと、オイシイの反対が、マズイっていうんだよね?≫


「そう。先代竜さんは、虫の魔物とか食べた時に、不味いって感じてたみたいね」


 日本人的には、大抵のものは料理すれば美味しく出来る自信はある。それが例え虫でも…。でも虫を生で食べたら、きっと美味しくないと思う。

 …ううっ、想像したくもない。


≪ふぅん、マズイって楽しくなさそう。オイシイ方がいいや。もっとオソウザイ食べたい! ちょうだい!≫


「はいはい。食べる時はね、『いただきます』って言うんだよ」


≪イタダキマス?≫


「そう。エルは先に一個食べたから、もっと食べたい時は『おかわり』っていうの」


≪オカワリ!≫


「はい。どうぞ」


 コロッケを一個手にとって、エルの口に運ぶ。エルはあーんと口を開けて私の手からコロッケを口に入れた。

 もぐもぐと食べて、また目をキラキラと輝かせる。


≪オイシイ~~~!!! もっと、もっと! オカワリ!≫


「はい。今度はメンチカツね」


 丸く成形されたメンチカツを一つ手にとって、エルの口元に運ぶ。


≪これもオイシイね! 肉のコロッケなの?≫


「作り方は殆ど同じだね。中身がお肉と野菜の混ぜたものだけ。コロッケはジャガイモを潰してお肉と野菜を練り合わせるもの。お肉が主かジャガイモが主かの違いかな」


 勿論、コロッケの起源がフランス料理のクロケットだとか、メンチカツはもともとカツレツを元に考案されたものだとか、程度の知識はわたしにもある。でもスーパーのお惣菜にそんな薀蓄を求めるお客さんなんて、少なくともわたしの知る限りはいなかったし、要は美味しいと食べて頂ければ、料理の説明なんてざっとで良いのだ。


 もう一つメンチを食べて、コロッケ二つ、メンチ二つを食べたところで、もっと食べたいとせがむエルを制する。


≪えーっ、どうして!? 食べたい、もっと食べたい! オカワリ!≫


「生まれて初めて食事をしたんだから、無茶しちゃだめ。今日はこれくらいで様子を見たほうがいいよ。これでも食べ過ぎだと思うよ?」


≪えーっ、オレは人間よりずっと身体が大きいんだから、いっぱい食べたっていいじゃん! もっと欲しい! オカワリ、オカワリ!≫


 ぴぎゃぴぎゃと翼をばたつかせてねだるエルに、わたしはもう一度、


「だめ! とりあえず様子を見てから!」


 と、ぴしゃりと言い聞かせた。

 その言葉にエルはようやく諦めたようで、まだ不満そうな表情ながらも、その場にうずくまる。

 わたしはその横に自分も腰掛けた。


「わたしの世界にはドラゴンはいなかったから、どんな物を食べたら良いのか、どれだけ食べたら良いのか、わたしには分からないの。…先代竜さんの記憶は、そういうこと、あまりアテにならないし…」


 先代竜の記憶では、かなり沢山の物を食べてみていたようだ。

 魔素を取り込むだけで生きて行けるエルダードラゴンにとっては、食事はただの嗜好品に過ぎないようだが、何しろ何万年も生きるのだから、娯楽としての食事は重要だったのだろう。

 先ほどの虫の魔物を始め、ありとあらゆる動物や魔獣、戦って倒したものは大抵はとりあえず食べてみていた。


 人間種に関しては、食べたことがあるのかどうかは分からない。少なくともわたしが探した限りの先代竜の記憶には見当たらなかった。

 人間種に対しては、その料理というスキルというか文化──の面に関心を持っていたようで、人間に変身しては彼らの領域に何食わぬ顔をして入り込み、その料理を堪能していたらしい。

 だから人間の生活のこと食生活に関しては、随分と詳しく記憶の中に残っている。


 或いは人間のことは、先代竜は彼ら自身を食べるよりも、その手により作られる料理の方に遥かに関心があって、わざわざ人間を食べる必要性を感じなかったのかも知れない。


 ともあれ、娯楽としての食事を手当たり次第に飲んだり食べたりして、食べ過ぎで動けなくなったりしていた先代の記憶は、エルに対してとても参考にならない。──というか、悪影響にしかならないと思う。

 わたしが見ている限りは、エルにそんな行儀の悪い事はさせられない。


「我慢することも覚えなくちゃ。エルは世界最強にして唯一のエルダードラゴンで、この世界の要の一つなんでしょ? 好きなときに食べるだけ食べるなんてしたら、さっきのワイバーンと変わらくなっちゃうよ?」


「ぴぃ…」

≪それはやだ…。オレはタダの魔物とは違うんだから! がんばってガマンして、立派な古神竜になる!≫


「うん、がんばろ? わたしも出来るかぎり、手伝うからね」


 背伸びしてエルの頭を撫でると、エルは心なしか嬉しそうに目を細めて、ぴぃと小さく喉を鳴らした。


 身体を洗ったり、食事をしたりしているうちにもうすっかり日は傾き、空はまだ薄暮なものの、森林の中はすっかり暗くなって来ていた。

 光魔法を使って、目の前だけぼんやりと照らす灯りを作る。あまりにも明るすぎても、獣や魔物を呼び寄せてしまうだろう。障壁魔法で周囲を覆っているから襲われる心配は無いと思うが、それでもバリヤーのすぐ外で唸り声を上げられるのはあまり良い気分ではない。


「それじゃ…わたしもお腹空いたから、ちょっと食べるね」


「ぴ?」


 興味深そうにエルが覗き込む横で、わたしは自分が食べたいものをイメージする。

 創作魔法が、イメージさえすれば作れるのなら、昔に食べたものは再現出来るだろうか? もう二度と食べられないと諦めていたもの──。


 手の中が光って形を取り、わたしの手の中に現れたものは──丸くて、塩で味付けただけの、白米のおにぎりだった。


 間違いない。真ん丸じゃなくて、少しいびつなおにぎり。

 ぱくりと噛み付いて、懐かしい塩味が口の中に広がる。


 昔、学校から帰って、お腹が空いたとねだるわたしに、母が作ってくれたおにぎり。

 母は不器用で、三角のおにぎりは作れなかった。だからこんな丸くて、少しいびつで。塩水で濡らした手で握った、それだけの味付けのおにぎり。

 ──でもわたしは、このおにぎりが大好きだった。自分で作ろうとして、何故かどうしても同じ味にはならなくて、もう諦めていたおにぎり。


 一口、二口と食べて、飲み込んだだけで──なんだか胸が一杯になってしまった。

 涙が滲みそうになるのを必死に堪えていると、エルがじっと見つめているのに気付く。


「食べたい?」


 尋ねると、エルはぴっと喉を鳴らして首を縦に振った。


≪食べてみたい。なんだか、すごく温かそうな気がする≫


「温かくはないかな…。冷えたご飯だから。おにぎりっていうの。はい」


 半分に割って口に入れてあげると、エルはもぐもぐと噛んでから飲み込んだ。


≪オイシイ…。やっぱり、温かい気がする≫


 エルのその言葉に、嬉しくなったわたしは、思わずその頭を撫でた。

 それから残ったおにぎりを頬張る。


 おにぎりは最初に食べた時より、少し塩味が増した気がした。


次話のUPは8日(日曜)夜になります_(_ _)_

読んで頂いてありがとうございます

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