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4.旅立ち1

 ここはエメルカ大陸でも北の果てに位置する、不毛の大地と呼ばれる地域の、最も標高の高い山中の、空洞らしい。


 本来は天井部分が無かったらしいが、先代竜が勇者との闘いの後に休む為にここへやって来て、天井を塞いてしまったようだ。

 あの巨体では屋根のある休憩場所を探すのは難しかっただろうから、当然の行動だろう。誰だって屋根のある場所で休みたいものなのだ。


≪今、出口を作るよ。念の為に下がってて≫


 エルダードラゴンの幼竜のエルは、わたしに念話でそう告げると、大きく息を吸い込む仕草をした。

 それから大きく吐き出した息吹は──竜のブレスだった。


 高温の炎にも等しいエルダードラゴンのブレスは、収束して一筋の奔流となり、山腹の岩盤にあっさりと、穴をぽっかり開ける。


 まだ幼竜なのだから、これでもかなり威力は小さいのが恐ろしい。


 どんなもんだい──? と言いたげに胸を張るエルの首の辺りを撫でて、岩肌に開いた穴の先に視線をやる。


 ぽっかり開いた穴の先には、雲一つ無い青空が見えた。今の時間は分からないが、昼間であることは間違いない。

 その空の色は、わたしの記憶の中の故郷の空と、何ら変わりは無かった。


≪それじゃルカ、背中に乗って≫


「良いの?」


≪ルカ一人くらい、全然大丈夫だよ!≫


「うん、ありがとう! あ、でも、その前に…」


 わたしは先ほどのエルの忠告に従い、卵のカラを回収することにした。


 この世界には『魔素』という概念が存在する。恐らくは物質と呼んで良いのだろうが、元の世界には存在していないと思われるモノなので、わたしにはなんとも断言は出来ない。

 

 この魔素それ自体は無害に等しいモノだが、魔力と呼ばれる力が干渉することで様々な結果がもたらされる。先代竜がわたしの今の身体を創ったり、先ほど下着や服を作り出したように。

 これらは魔素だけで構成されるわけではなく、他から集めた様々な物質を材料として使い、魔素は吸着剤のような役目をするらしい。


 その魔素であるが、この世界で魔物と呼ばれる存在の発生とも、密接に関わっている。生物や植物その他様々なモノに、何かの拍子に魔素が溜まり、濃縮されて魔石と呼ばれる状態にまで変化して、それを核とする魔物が発生するのだそうだ。

 つまり魔物と普通の生物との違いは、魔石が有るか否か、の一点である。


 わたしはこの身体が構成される際に多くの魔素を必要としたが、魔石は無いので人間と呼んで差し支えないようだ。


 エルは…よく分からない。多くの竜種は大きな魔石を持つ魔物であるが、エルダードラゴンの体内に魔石が存在するかどうかは分からないそうだ。

 先代竜は滅びる際に残った魔力を全て放出し、その一部はわたしにも知識と共に流れ込んできた。


 そして残った先代竜の身体は──ただの岩塊と化してしまったのだ。


 魔力の残滓も無く、当然魔石の欠片さえも無かった。

 この世界の人間達が垂涎とする筈のエルダードラゴンの素材など、どこにも残らなかったのである。


 これもきっと、世界唯一存在たる古神竜だから──なのかも知れない。


 ともあれ、エルダードラゴンの身体は無くとも、その幼竜の卵のカラだけは岩塊と化さずに残っていた。エルはこれを純度の高い魔石のようなものと主張している。

 試しに手にとって見ると、意識に一つの情報が浮かび上がる。


【魔石。純度99%】


 更に追加として


【上級鑑定:古神竜の卵のカラ。高純度の魔素を含む】


 との情報がもたらされる。


 これは鑑定魔法というものだ。情報を得たい物品を手に取って念じれば、それに関する情報がデータベースから引き出されるように、脳裏に浮かび上がる。

 普通は最初に出た【魔石。純度99%】のような一般的な情報が得られるのみで、上級鑑定に属する情報は術者の持つ知識レベルに依存する。

 わたしは先代竜の知識の大部分を受け継いだから、ある程度の上級鑑定が可能なんだろう。

 これから先もきっと役に立ってくれる魔法だと思う。

 

 わたしは散らばっていた卵のカラを全て集めると、収納魔法に収容した。

 これは空間魔法の一種で、実空間に影響しない亜空間を作り出す魔法だ。中では時間の経過は発生せず、収納した瞬間のままの状態が保たれる。

 他にも外部と同じように時間が経過したり、或いはより時間経過を早めたりといった亜空間の作成も可能なようだ。

 亜空間の大きさは作成した術者の魔力量に依存し、わたしの場合はほぼ無限大に近い収納能力があるらしい。


 無限大とか。元の世界でも日常生活では殆ど聞かない単語だろう…。


 なんだかもう、色々と凄すぎて、正直理解の限界を超えてしまっているのだが──だからと言って、わたしに他に出来ることなど何も無い。

 今はただ、目の前の用事を無心に片付けるとしよう。


 と、カラを収納した亜空間の中に、入れた覚えの無い物体があることに気が付いた。

 何やら赤い液体で満たされた、ガラスの瓶のようだ。

 手に取って鑑定してみると──。


【竜の血。各種上級魔法薬の材料となる】

【上級鑑定:古神竜の血。完全回復薬、蘇生薬の原料】


 なんだかまたスゴい情報が出てきた。どうやら、いわゆるエリクサーとか呼ばれる秘薬が作れるアイテムらしい。


 先代エルダードラゴンの身体は岩塊の山となってしまったが、これだけを残してくれたようだ。

 いずれ何かの役に立つかも知れない…いや、将来必ず役に立つ気がする。とても気楽に持ち出せるシロモノではなさそうだけど。

 今のところは時間停止収納亜空間の中に放置しておくしかないだろう。


 エルはずっとわたしの行動を目で追っていたが、ようやく作業を終えたらしい様子を見て取ると、念話で告げる。


≪もう、いい?≫


「うん、大丈夫。それじゃ、行こうか」


 わたしは屈んだエルの背に乗り、その首に両手を回してしがみついた。

 エルダードラゴンの体表は、なんだかビロードのような感触で、手触りが気持ち良い。滑らないよう、首に回した手をしっかりと組む。


≪しっかり掴まった? それじゃ、行くよ!≫


 掛け声と共に──浮いた感覚さえも無く──唐突に、わたし達は岩山の穴から外へと、一瞬で飛び出した。


 ジェットコースターも真っ青なスピードで、ぐんぐんと蒼穹の彼方目指して上昇する──。


『ちょ、ちょっと、待って、エル! 振り落とされちゃう!』


 慌てて念話で伝えると、エルはすぐにスピードを緩めてくれた。


≪ごめんごめん。本当に飛ぶのって初めてだから、加減出来なくて≫


 鳥と違って基本的に身体の重い竜種の飛行能力は、翼による飛翔に加えて魔法の力に依存する部分が多い。

 それはエルダードラゴンも同じで、風属性の魔法の力を借りて強い揚力を発生させて身体を浮かせ、空を飛ぶ。

 魔法の力による浮揚力だから、空中静止もターンも自由自在だ。


 けれどエルは、本当に自分の力で空を飛ぶのは初めてなのだから、上手くコントロールが出来ないのは当たり前だ。


「向かい風で、手が離れそうになっちゃって、吃驚しちゃって。魔法障壁を張ったからもう大丈夫。──でも、もう少しだけゆっくり飛んでも、良いと思うよ…」


 飛行機の風防、もしくは車のフロントガラス状のバリヤーをイメージして自分の周囲に魔法障壁を展開する。これで風圧は防げるだろう。

 だけれど、わたしはスピード狂ではない。むしろ乗り物で移動する際にはのんびり風景を楽しみたい方なので、それをエルにお願いしてみる。


≪分かったよ。地上を見ながら、少し遅く飛んでみるよ≫


「うん。ありがとう」


 礼を言って、改めて風景を眺めてみる。

 飛び出して来た、空洞のあった山は、どんどん後方に遠ざかっていく。

 それなのに見渡す限りの風景は、どこまでも灰色の岩肌と赤茶けた大地が続くばかりで、いつまでも変わり映えはしなかった。

 さすがにこの辺りが不毛の大地と呼ばれているだけのことはある。


 先代竜の知識によれば、この不毛の大地をもう暫く南に下った先に大森林が広がり、そこを越えるとようやく人間の住む領域になる。

 そこまでは今の飛行ペースだと、数時間はかかりそうだ。

 まぁ、急ぐ旅でもない。のんびり行くとしよう。


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